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2006.08.18

『神の庭と星々と』(四枚)

 幼馴染みの舞太郎は二十六歳の時に事業で大成功して、二十九歳の今はカイパーベルト天体を探査するためのロケットを作っている。
 大富豪のくせに俺のボロアパートに週一回は顔を出す。貧乏長屋の隣り同士だった子ども時代と同じように。
「最低で新惑星を五つは見つけてやるから。名付けるときには慧也(としや)の名前もつけてやるからな」
 その発言こそは五つ星モノ。
「お前、ミンダルカムイってペンネームを持っていただろ」
 そんな昔のことをよく覚えているよ。たしかにそんな名前で駄文を書いたこともある。学生の頃の話だ。
「カムイは神、ミンダルは庭だったか。知ってるか、新しい星には世界各地の民族の神様の名前をつけるのがならいなんだぞ」
 このまま俺の過去の記憶を掘り返されるのも困るので、舞太郎に質問をすることにした。
 それにしてもなんだって急にロケットを?
「よくぞ聞いてくれました。今までの惑星の定義には欠陥があったんだよ。この八月十四日からの惑星定義委員会で、惑星の定義が改めてはっきりと決まったんだ。これからは新しい惑星がどんどん増える。未発見の惑星もあると学者たちが考えている。ろくに探査されていない海王星軌道の外、カイパーベルト天体の中に、新惑星はある。きっとある」
 いつになく舞太郎は饒舌で、酔いも早く進んだ。途中であんまり身振り手振りが大きいものだから、トレードマークの丸メガネが顔からずり落ちた。
 したたかに酔って、らりるれろの頻度が多くなった舌でまだ夢を語るのをやめなかった。
「やるるぉ。わくへい、みつけるろぉ」
 俺は思い出す。
 そういえばこいつは、子ども時代、小学校入学祝いに買ってもらった天体望遠鏡を宝物にしていた。
 俺が草野球に夢中になった帰り、晩飯の匂いの漂うボロ長屋に慌てて駆け込む時、またたき始めた夕方の星をガタガタの木の枠の窓からあの望遠鏡で眺めている舞太郎を何度も見かけた。まるで根の生えた岩のように動かず、時には新月、ときには宵の明星をじっと見つめていた。
 ケンカの弱い舞太郎の味方を俺がいつのまにか買って出るようになったのは、もしかしたらそんなことが理由のひとつだったのかもしれないな。
 舞太郎の高いびきとともに、夜は更けた。

 あれからもう一年が経つ。舞太郎の事業はあっけなく破綻し、経営権、物的および知的財産権、そのほかもろもろの権利はすべて海外の大資本の管理下となった。舞太郎はほとんど裸同然に放り出された。
 今日もそろそろノックする音が聞こえてくる頃だ。コンコン。そうら、来た。
 舞太郎は俺のボロアパートの隣室に住み着いた。
 いつかの幼い日々のように、俺たちの合図はほんの薄い壁一枚を隔てた、壁越しのノックだ。
 違っているのは符丁。たとえば「遊ぼうか?」の二回ノックは「飲まないか?」に変わった。
 二十年前も、一年前も、そして今も変わらないのは、舞太郎の夢。
 今日も舞太郎は遙かにある神の庭の夢を語りに来る。
 あいつの夢を知っているのは、俺のほかにたった一人。
 何もないあいつの部屋の窓辺にひっそりと置かれた古い天体望遠鏡。


-了-


(※三語即興文投稿作品:『五つ星』『欠陥』『らりるれろ』)

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