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2006.05.25

『慶英の灰色』(五枚)

  ――どこか遠い国のお話。

 慶英(けいえい)が軍用トラックの残骸にガラクタを積み上げて作った廃油まみれのクズ山が、私たちの要塞だった。
 「千ぃ、千ぃ」と可愛がられて、私も有頂天で要塞作りを手伝ったものだった。慶英はたった二つ上の十五歳に過ぎず、いくら私が千以(ちい)という名前の通りに小さかったとしても、私は自分の恋心をもっと早く自覚してもよかったはずだった。
 今はもう何を言っても遅いのだけど。
 占領軍の宿営地が移転した跡にはたくさんの廃物が転がっていた。大人たちはそれを里山のわきの草っ原に寄せ集めて、そのまま見えないふりを決め込んだんだ。だから私たちは要塞を築き、大人たちをここに引きずり出す。こっぴどく叱られた日の夜、男女交際にやかましい親がこっそりと日記を盗み読みしていたのがわかった時、私たちは慶英の要塞に立てこもった。
 いつも大人たちは最初から降伏の姿勢で私たちの要塞にやってきた。まるで白旗を掲げたように、神妙な態度で。ここに立て篭もるのだけは勘弁してくれと言いたいのが、眉の尻の垂れた生気ない顔つきからよくわかった。占領軍に蹂躙されるのが嫌さに味方の機密を一から十までしゃべり、スパイ紛いの行為までしたことが、自責の念を呼んでいたのだろうか。自分たちの身の安全を守るためなら何だってしたのを悔いていたのだろうか。私たちの村の大人たちに、自尊心なんてものがまだ残っていたなんて、到底思われないのだけれど。
 あの出来事があってから、要塞は、誰も近寄らない場所になった。慶英がいなくなったあの日から。きっとそれは私たちがみな十五歳を過ぎて大人になったせい。慶英がどこへ行ったのかわからないけれど、大人になった私たちは誰も探そうとはしなかった。大人になったから、要塞が見えないふりを決め込んだ。
 その日、国粋忠皇の幟(のぼり)を掲げた、風体ただならぬ時代錯誤の連中が要塞を取り囲んだ。
 錆び付いた銃剣はそれでも、弾を撃てただろうし、それが十数挺も並んだのは、要塞内の私たち六人の身をすくませるのに十分だった。がちがちと音がするのは何だろうと冷めた私の意識が不思議がったけれど、それは自分の歯の根が合わずに絶えずぶつかり合う音なのだった。「敵性物資に拠り居る不届き者を、処断いたす」口の端にヒゲが跳ね上がった、軍服の痩せた小男が叫ぶ。映画でならケラケラと笑っただろう私だけど、今は胃の中から酸っぱい液がせり上がった。
 釈明に出ることになった。
 あみだくじで、一人を選んで。
 何も念じることができなかった。自分が当たらなかったらほかの誰かが当たる。そう思うとむしろ自分に当たってほしいとさえ思いそうになり、慌ててそれをうち消した。
「千以に当たった……」
 いつも大声で威張っている孫平が、蟻の忍び笑いよりも小さな声で言った。閻魔の宣告だった。私は自分の頭のてっぺんから腰のあたりまで、すうっと血が下がるのを感じた。全身が一瞬で氷に閉じこめられたみたいに冷たくなった。
 そのとき、あみだのわら半紙を浅黒い手がひっつかんだ。私の名前にたどり着いた運命の赤い線ごと、乱暴に。
 孫平が驚いて尻餅をつくと同時に、あみだをつかんだまま慶英が表に飛び出していった。慶英のつぎはぎだらけの袂を私は慌ててつかもうとした。
「千ぃの目と髪の毛じゃ、夷敵の血が混じってるんが、ばれる。ただじゃ済まされん」
 慶英を引き留めようとした私の指は、私の目の高さで止まっていた。動け動け、念じたけど、私の体は少しも私の言うことを聞いてくれなかった。頭を坊主に刈った慶英が黒い影になって光の中に飛び出していくのを止めることは、できなかった。
 だから私の網膜は、焼き付けた。
 振り向いた慶英が残した、あの二つの灰色の瞳。私と同じ、敵の血が混じった証拠の、あの目の色を。
 銃を撃つ音がしたと思う。ほんのしばらく、何かの声と物音がしたけれど、すぐに静かになった。何時間も過ぎてから私たちがおそるおそる外を見ると誰もおらず、小さな血のあとが残っていた。誰も、慶英のことを口に出さなかった。それからずっと。
 慶英は村に戻ってくることもなく、音沙汰もなかった。
 私は大人になり、少し離れた町の人と見合いをして、結婚した。戦後の復興期と重なり、生活は苦しいながらも上向きに変化し、年月が飛ぶように去った。
 息子が大学進学の年になった。一度、入学手続きと下宿探しのために息子と二人で都に上った際に、街頭演説というのを初めて見た。私と同じ色素の薄い髪を短く刈り、私より十歳も若く見えるくらいの生き生きとした表情で、国際協調と戦災国への人道的支援の重要性を訴える立候補者が黒塗りの車の上でマイクを握っていた。
 私の故郷の訛りが少し残る声だった。
 ちょうど逆光で、ほとんど確認することはできなかったはずだけれど。
 私にはその人の瞳の色が、くっきりと浮かび上がって見えたのだった。
 それは、あのときと同じ、灰色の――
 
 
-了-
 
 
(※三語即興文「トラック」「要塞」「あみだくじ」)


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SS(三語即興文)」カテゴリの記事

Comments

 緑川さん、何度もお手数を割いていただき、ありがとうございました~。
 作品をよいものにしようと腐心していただき、また丁寧なご意見を賜り、とても嬉しく思いました。
 質問は決して反論ではないのですけれど(^^; 自分の立ち位置みたいなものを確認するためにも、自分以外の方がどのように感じたか、考えたかを知りたいと強く思うのです。そんな気持ちから出たものとご了承いただければ幸いです。

Posted by: おづね・れお | 2006.05.28 at 10:33 AM

 ご質問? のようですので、もうちょっと書かせて頂きますね。

>どのあたりが感想をいただけることになった要因
 かというと、そうですねえ。
 今まで何作か、おづねさんの作品を読ませて頂いているのですが、「ああ、これもっと掘り下げられる。広げられる」と思わせられるものが多いので、今回、先のような感想……、というか一提案になりました。
 字数制限もあるのでしょうけど。


 しかし、なるほど劇的な場面―御作の場合は自己犠牲の部分に絞ってまとめるってのも、手法のひとつとして有効かと思います。


 最後の、千以の行動については、書き込み様によっていろいろ変ってくると思いますので、今時点では、やはり私も、おづねさんと同じようにするかも(^^;


 文章表現については、まあ私の個人的希望ってことで。
 それでは、また、です(^^

Posted by: 緑川 | 2006.05.28 at 08:08 AM

 緑川さん、ありがとうございます。
 改良のヒントを多数いただいたなあと感じます。どのあたりが感想をいただけることになった要因なのかは、気になっているところではありますけれど(^^; 何か、心に残るところがあったでしょうか? ご指摘いただいた子どもたちが大人に変化するところなのかなあ?

 もう少し文字数を増やすことで実現できたこともあったのかなあ、とご指摘を受けて感じました。現在→過去→現在という構成にすることで時間が飛ぶことも違和感が減るのかもしれません。
 ただ、やっぱり三語のスペースではまったく足りないですよね(^^;
 むしろ現在パートを削ることで、芳野さんのご意見も生かせたり、文字数も少なく抑えることができたのかもしれません。たぶん、いちばん大事なのは慶英が飛び出すところでの、子どもたちの心情だったのだと思うので……。それも直接には書かず、こういう形にしてしまっているのですけれど。そのへんは大丈夫だったでしょうか? 作者だから何もかもわかっていて、そのため、読者に十分に伝えることができていると勝手に思いこんでしまっている心配が、少しだけあります。緑川さんという読者にではなくて、もっと広い読者に、という意味です(^^;

> そして、最後に千以はどうするのか。

 息子を先導している立場を考えると、その場ですぐに慶英に近づくとは思えないですよね。
 大人だから。
 そういうあたりをちょっと気になる状態で読者に提供するのが、私はわりと好きみたいです。もっと書いたほうがよかったでしょうか(^^;?
 じつのところ、文字数に追われて、現在パートはちゃんと書いた気がしないという側面もあります……。

> それと、女性らしさを狙っておられるにしては、やや硬い印象も受けます。

 文章表現上の女性らしさは、あまり気にしないで書きました。
 平均的な少女であることを書きたいのでしたら、気にしなければいけない部分だと思うのですけれど……。
 きっと千以の境遇など考えると、このような思考や表現をするような子(回想でもあることで)であってもいいのじゃないかなあと思います。
 と言いつつ、私の書く少女にはこんな感じの子が以前から多いですけれど~(^^;

Posted by: おづね・れお | 2006.05.27 at 11:54 PM

 それでは感想いきます。

 たしかにショートとしてのまとまりは良いと思います。つまり、大人達に否定的な目を向ける子供達も、何かの事件をきっかけに大人への一歩を踏み出す。御作の場合、その事件もなかなかドラマティックですし、読者の目を惹きます。

>時間が飛ぶ
 とのことですが、これは物語の最初に現在の千以を描くことで、ある程度、解消できないかなと。息子と一緒に上京したとき、偶然、故郷の訛りを耳にした。そして灰色の瞳―そこから回想。
 となると今度は、大人の千以について書き込まないといけなくなるので(例えば息子とやりとりをさせることで、生活感を表現するとか)、大変かとも思いますが、これによって作品に厚みも出るような気がします。

 で、大人の千以の視点を、過去に持ち込むことによって、回想の世界が安定するのではないかと。
>途中で回想であることを強く匂わせるような言葉
 は、もちろんあってもいいのですが、その回想をしているのが何者なのか……が、読者としてはある程度知りたかったりもします。
 その回想者の視点に沿って、読者は読みますので。

 そして、最後に千以はどうするのか。
 ただ、佇むのか、慶英(?)の元に足を踏み出すのか、もちろん情景描写によってその内面を暗示させるのも良いかと思います。

>読みにくい部分
 については書き込み不足のせいかも。これは字数の制約もあると思います。
 それと、女性らしさを狙っておられるにしては、やや硬い印象も受けます。用語とか。漢字を平仮名に崩すだけでも違うと思います。
 太宰治に、意外に女性の一人称の作品って多いようです。「……けれども」みたいな語尾も多いです。今、手元にないので紹介できなくて申し訳ないのですが、参考にならないかなと思います。

 等など、……ちょっと自分自身に引き付けすぎた感想になりました。つまり、自分ならこうしたいみたいな。
 ただ、こんな感想でもご参考になれば幸いです。

[追記]
 いや、ほんと、触手が動くような題材なんですよ(^^

Posted by: 緑川 | 2006.05.27 at 11:33 PM

誤りを二カ所修正いたしました。

Posted by: おづね・れお | 2006.05.27 at 10:14 PM

うわ、芳野さんにすごく褒められた気がする~!

今のところこの形がこの作品に似合っているのじゃないかなあ、と私自身は思っているのですけれど~(^^;
鍛練場のスペースをすでに三語で投稿した作品で埋めてしまうのにも、申し訳ない気がいたします。ほかの方がそうするのは、あまり気にならないのですけれどね。なぜかなあ。
三語即興文の一部とはいえ、きっと多くの方に読んでいただけて、スレッド内でも、こうしてブログでも感想をいただけて、それだけでもとても幸せな作品になったなあと思っております。

もしも手直しするとしたら、最後に時間が飛ぶところや、途中で回想であることを強く匂わせるような言葉が多いのもどうにかできないかなあ、なんて考えもするのですけれどね~。
時間が飛ぶのは、以前からある方に何度かご指摘いただいているのに、つい使ってしまいます(^^; ブログを見てくださっているかどうか、わからないのですけれど……。
今のところ、時間が飛んでもよいけれど、上手に使えなくてはいけない、という風に考えています。
倒置などが多すぎるかもしれないので、そのへんも気になるところですね。

Posted by: おづね・れお | 2006.05.27 at 01:21 PM

あのう、思うのですが、鍛練場に投稿してみてはいかがでしょうか。
他の方がどのような感想を書かれるのか、関心があります。感想返しが大変になっちゃうかもしれないけれど。

三語の中で流れていってしまうのは、惜しい作品だと思います。
三語に発表したものを、そのまま鍛練場に、というのはマズイでしょうから、少し改稿(改稿しなくてもいいくらいなんだけど)してからで。
たくさんの方に読んでいただきたい小説です。
技術的な面は勿論ですが、内容が素晴らしいので。


緑川さん、ご無沙汰してます。
芳野のことを覚えてくださっていて、とても嬉しいです。
鍛練場でも三語でも、どちらでもよろしいので、今度は緑川さんの作品を読ませてくださいね!

Posted by: 芳野 朔 | 2006.05.27 at 07:26 AM

 緑川さん、こちらこそご無沙汰しております~。鍛練場には私のほうこそ、ときおり思い出したように感想を書く程度の参加になっております(^^;
 今回は読みにくい部分があるというご指摘もいただいております。
 今後につなげたいと思いますので、どのような細かいことでも、またよくない点でしたらどうかご遠慮なくおっしゃっていただければ、幸いに思います。
 本来でしたら、見ていていただけたとわかっただけでも望外の喜びとしか言いようがないのですけれど(^^;

Posted by: おづね・れお | 2006.05.26 at 09:06 PM

 ご無沙汰してます。
 って、覚えておられないかもしれませんが。
 あ、いえ、覚えておられないならそれでもいいのですけど(^^;

 もうずいぶん以前に、鍛錬場でお世話になった緑川です。最近、ロム専状態から脱却しつつありまして、ご挨拶に寄らせて頂きました。

 ところで……、私も感想を書いてもいいでしょうか? なんだか昔(?)を思い出してしまって、血が騒ぐというか(^^;
 芳野さん(ご無沙汰してます)の丁寧な感想の後なので、私が書けるようなことはあまり残ってないような気もしますが。

Posted by: 緑川 | 2006.05.26 at 07:51 PM

 芳野さんに喜んでいただけて幸いです~。
 冒頭の文がなくても現実とは異なる世界のことだと判るというご指摘、ありがとうございます。誤読しておりました(^^;

 自己犠牲というのは、一面、他人の気持ちをも犠牲にしているところがあると思うのです。相手に背負わせているものの大きさを思うと。でも、そうであってもなお動くということに重みがあってくれたら……なんて、物語に対して望んでしまいますね。
 イニシエーションについて、私はちゃんと本を読んだり勉強したことがあるわけではないので、うっかり口を滑らせたと思っていてください~(^^;

 鍛練場より長々と語ってしまい、お恥ずかしい限りです~。
 でも楽しいですね、こういうのも。

Posted by: おづね・れお | 2006.05.26 at 12:38 AM

 再々訪です。
 試されたことを読ませていただいて、ナルホドなるほどナルホドー!、と思いました。
 慶英がどのような生き方をしていくのかは、実際に書いてみないと見えてこないんじゃないかな、と思いました。頭領であっても、ちらとであっても、街頭演説をしていたにしても、そこに至るまでが描かれていれば、私は納得できるのだと思います。

>――どこか遠い国のお話。

 登場人物の名前が日本人か中国人っぽいと思ったのですね。でも、占領軍がいた、となると日本かなあ、とか(このあたり、歴史に疎いので、芳野の知識では、ということで)(歴史にだけ疎いという意味ではありません)、「都に~」の言葉で、現実の日本ではなく、異世界なのだと思いました。
 ですから、冒頭の文はなくても理解できます。
 小川洋子さんの『密やかな結晶』において、冒頭から現実のものとして書き進められていて、その世界は現実ではない異世界で、要するにファンタジーなのですけど。
 全く違和感なしに『密やかな~』も御作も読めたので、不要に思ったのでした。
 

>「十歳も若く見える~」

 慶英のような男の子は、成長しても若々しいだろうな、と思います。ですから、若く見えたとしても不思議ではないのですが。ちょっとわかりづらくしているのかな、と思ったのでした。慶英なのか、別人なのか、ということで。


【犠牲とイニシエーション】

 自己犠牲は、私も好きでよく書くのですけど(いや、「よく」と言える程量産はしてない。。。。)、おづねさんが書かれるとこんな風になるのだなあ、と思いました。
 イニシエーションは書きたいと思っているので、勉強になりました。自分で考えて掘り下げていってみようと思います。


>きっと、別の作品で、彼らがその後どのように生きたのか、それを探り当てるような試みをすることがあると思います。
>名前も境遇も違うでしょうけれど、作者である私はそれをどのような形になるのであれ、描き出せるようになりたいと望んでいます。

 いいですね。とてもとても楽しみにお待ちしてます。


 感想のやりとりをしばらくしていなかったので、こんな風にできて、嬉しかったし、楽しかったです。
 良い作品と、心のこもった感想返しを、どうもありがとうございました!

Posted by: 芳野 朔 | 2006.05.25 at 11:20 PM

 芳野さん、いつもありがとう~。
 鍛練場ではありませんので、いくぶんフランクに~。そして、いくらでも文字数を費やせるので、だらだらとご返事させていただこうと思います。そういえば三語即興文で書いていただいた感想って私はスレッド内でご返事したことがありません(^^; 「覚えていますか?」とおっしゃっていただいた方もあるのですけれど、ちゃんと覚えております! と、こんなところで言ってしまうのは失礼ですよね(^^;

 まず、私の三語即興文への参加姿勢なのですけれど、よい作品を心がけることはもちろんあります。でもこれは当たり前といえば当たり前ですよね。次に、普段なら使わない題材や、舞台や、表現を試す場でもあります。三語は即興であるだけに、自分の素の状態がよく出ると思うのですね。ですから、失敗することも多く(^^; 次への反省が得られるような、そんな気がするのです。
 今回も少し、試しております。
 十五歳か、それより少し早い時期の女の子の一人称ということですから、情緒的な文章になるといいなあと思っておりました。倒置や体言止めが多かったりするところなどは、そうですね。また、身体感覚も少女らしいものになったら……という気持ちがあります。(私の作品では主人公が誰であれ、入るのですけれど(^^;)
 また、最近は妙にあっさりしすぎ、わかりやすすぎる表現を使うことが多いように自覚しています。ちょっと難しめだったり、修飾語が多かったりするとどうなるのかなあ、と思い、なんとなくブンガクっぽい文章を意識してみました。
 そして、「犠牲」というテーマがどうやら今回の作品にはあるようだなあと自覚します。
 戦争で大人たちは自国を売りました。また、どうやら敵国の人間の子を(少なくとも慶英と千以の二人は)生むような事態でもあったようです。自分が生き延びるために他者を犠牲にするのは、極限状態ではやむをえない選択ではあるのでしょうけれど、それを子どもたちは「大人には人間の心がない」という風に捉えるのですね。それは一面では真実でしょうけれど、でも人間らしい心を持った人は、目の前で犠牲となる人にどうすることができるのか、現実を変えられるのか、そういうことを子どもは考えることができません。慶英が犠牲となって死んだかもしれないその瞬間に、心も体も凍りつく体験が、千以たちのイニシエーションになったのかもしれませんね。

 そんな作者の思惑とか、あとから自分で気づいたこととか(笑)、あるのですけれど。
 芳野さんのご指摘の、慶英が生きているのが受け入れがたいという点、わかるように思います。テーマをぼやかしてしまうのですね、犠牲となった人間が生きていることは。
 私の最初の案では……というのを言ってもいいでしょうか?
 慶英はこんなにはっきりと生き返ったり(?)しませんでした。ならず者集団の頭領がウワサでは灰色の目をした銃創のある男だとウワサで聞くとか、ちらと見かけて慶英かもしれないと脳裏をよぎるとか、そういう感じなのでした。
 どうしてこういう形にしたのかは、夜中に朦朧とした意識の中で執筆していたので、すでに自分でもわかりません~(^^; 前のほうがよかった……?

 以下、細々とお答えしてゆこうと思います。

>――どこか遠い国のお話。

 不要とのご指摘でした。そうかも(^^;
 あまり思想的なこととか、民族的な対立とかの要素を入れたくなかったという気持ちがあります。
 史実にはなくても、日本のどこかでこういうこともあったよとか、日本の旧植民地であったことにするよ、というエクスキューズでも勘弁していただけたかもしれません(^^; ちょっと自分ではわからないのですけれど。

>「十歳も若く見える~」

 彼は、まだ十五歳をひきずっているのです。ですから、大人になり、老い始めた千以からはだいぶ若く見えるのですね。精神状態が外見に表れることは不自然ではないと私は思うのですけれど……。
 説明なしでこれが通じるようになるとたいへん喜ばしいとは思うのですけれど、まだまだ力量が足りません。もしかすると、いえ、もしかしなくても、三語の文字数では到底収まらないことを書こうとしていますよね。しまった~(笑)。

>字数と時間の制限の下で書かれた作品に、これ以上のものを望むのは酷でしょう。

 ありがとうございます(^^;
 甘えさせていただければ幸いに思います。
 三語即興文だから、という言い訳ができるので、いろいろと試せたり、新しい題材を使ってみようとも思える面があります。

> で、あみだくじを引くシーンは充分に、その緊張感が伝わってくる(できれば、他の子供達の描写も欲しかったし、勿論、慶英がどんな表情をしていたのかも)のです。ここが細やかな描写です。

 書きたいですね~!
 慶英は、きっとすごく真剣にくじを見つめていたのだと思うのです。くじを引くというのは、たぶん他によい案もないという意味で、最良の策だったとは思います。けれど、慶英は要塞の主であり、年長者(ということになっています、作者の中では)です。どうしたらいいのか、どうふるまうべきなのか、短い時間の中で人生でもっとも悩み、考えたと思います。
 そして結論は出ないまま、くじの結果が判る、そんなことかなあと想像します。
 ほかの子どもたちにはほかの子どもたちの思惑があり、彼ら自身のイニシエーションの瞬間であっただろうとも、思います。
 自分の中の純粋で無知で残酷な「子ども」を自覚し、それが一度死んだ瞬間だったのじゃないかなあ、なんて(^^;

> 連れ去られた慶英のその後を知りたい。

 芳野さんのご不満の一部だとわかるのですけれど、こう言っていただけるのは嬉しくもあります。慶英が自分の人生を生きたと、そのように読んでいただけた、彼の人間が輝いたと思えるからです。私の中にいた彼をこうして送り出すことができてよかったと思います。
 そして、私自身の筆の力があれば、きっと書きたいと強く思ったかもしれません。
 私の人生が慶英のそれに負けないほど豊かであれば、書き切れたかなあ、なんていう風にも思います。
 今は無理なのかもしれないですけれど(^^;、また別の慶英を私が生み出す時には、その人生を描き出せるようでありたいと願います。修業あるのみですね。

> 知りたいものがたくさんあるのですね。

 作者である私自身も、題材が思いのほか大きいものだったと今さら気づくことができました。
 誰かに書いていただくことができるならそうしたいほどですね(^^;

 きっと、別の作品で、彼らがその後どのように生きたのか、それを探り当てるような試みをすることがあると思います。名前も境遇も違うでしょうけれど、作者である私はそれをどのような形になるのであれ、描き出せるようになりたいと望んでいます。
 これからも三語即興文が気軽に参加でき、そしてこのような嬉しい感想をいただくことのできる交流の場であってくれたら、そんな未来に至ることができるかなあ、なんて思っています。

 ほんとうにだらだらと書いてしまった~(笑)。
 すでに作品本体を1000文字超過しております。ただでさえ長い三語作品なのに(^^;
 でも、こうして作品に対して語ることできるチャンスを提供していただけたので、とても嬉しいです。
 コメント欄だから、あまり公になってないので、作者があれこれ語ってもいいかなあ、などと思ってだいぶ好き勝手申しました。
 芳野さん、読まれた方々、失礼いたしました(^^;
 

Posted by: おづね・れお | 2006.05.25 at 09:44 PM

再訪です。

>――どこか遠い国のお話。

これ、必要でしょうか?
私は要らないのですけど。(^^ゞ

Posted by: 芳野 朔 | 2006.05.25 at 07:45 PM

 拝読しました。
 これはこれで完結していると思いますし、とても良い小説でした。
 大人と大人になる前の子供達。慶英の事件を機に、子供から大人へと変わってしまった。その寂寥感。
 あみだくじを引く際の千以の心情。誰にも当たってほしくはないけれど、自分にも当たってほしくない。その気持ちはよくわかります。そして、当たった後の千以と慶英。千以の心情は表現されている(一人称だから)のは当然として、一瞬の間の慶英の心の動きも伝わってきました。多分、慶英も千以に恋心を抱いていたのじゃないのかな、と思いたくなりました。妹としての感情でも、このように慶英は動いたのかもしれませんが、読者としては恋心と思いたい。どちらでも良いのでしょうね。

 鍛練場で「ほぼ完璧」などと失礼な書き方をしてしまいましたが。
 ラストにきて、うーん、と思ったのでした。
 街頭演説をしている男が慶英のように受け取れたのですね。
 慶英だとして、事件後、彼はどうなったのだろう、と。時代錯誤の連中に連れ去られ、そこで生き延びたのか、それとも、ある時、そこから逃げ出して生き延びていったのか。生き延びたとしたのなら、どうして村に戻ってこなかったのかなあ、と。
 ラストの男が慶英の息子、というのは、ちょっと考えられなかった。「十歳も若く見える~」という言葉から。
 瞳の色が似ているだけの他人、というのも、違うように思った。

 慶英は生きていたと思わせるようなラストは、読後感が良いけれど、上記の疑問が出てきて、物語の世界から醒めてしまい、私にはそれがとても残念だった。何よりも綺麗に纏まりすぎていて……。

 字数と時間の制限の下で書かれた作品に、これ以上のものを望むのは酷でしょう。でも、書かせてくださいね。
 すごく不満が残ったというのは、プロットと細やかな(心情)描写とが混ざってできている作品のように思えたからです。例えば、
 
>こっぴどく叱られた日の夜、男女交際にやかましい親がこっそりと日記を盗み読みしていたのがわかった時、私たちは慶英の要塞に立てこもった。

 ここだけで、数枚書くことができますよね。
 で、あみだくじを引くシーンは充分に、その緊張感が伝わってくる(できれば、他の子供達の描写も欲しかったし、勿論、慶英がどんな表情をしていたのかも)のです。ここが細やかな描写です。

 連れ去られた慶英のその後を知りたい。
 千以が知った、自分の恋心の痛み、慶英への想いも、もっと知りたい。
 子供達は慶英を切り捨てた(要塞に近づかなくなった、大人になった)というのなら、そこに大きな痛みや葛藤があるはずで、それを知りたい。
 占領されていた頃の村人の暮らし、子供達の様子、感情、そういうのも知りたい。
 知りたいものがたくさんあるのですね。
 おづねさんの書かれた文章で読みたい、という欲が出てきて、それなのに、今は読むことができず、フラストレーションとなってしまったのでした。

Posted by: 芳野 朔 | 2006.05.25 at 04:39 PM

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