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2005.09.24

『二杯目のコーヒーのあとで 』(九枚)

 娘は知らないだろうけど、我が家のコーヒーメーカーは結婚して新居を構えたときに買った最初の品のひとつだ。
 思い出の品、というほどのことはないけれど。
 漏斗とガラスのポットがセットになった、いちばんシンプルなもの。ポットはとうに割れてしまって、陶器の漏斗だけが、引っ越したあとも我が家にある。
 仕事から帰ってきた二十五歳になる娘は、いつも自分のコーヒーを淹れる。
「お母さんも、飲む?」
 決まってきかれるけれど、私の答えも決まっている。
「一杯だけで豆を捨てるのはもったいないでしょ、薄いくらいが好きだからそのまま淹れて」
 飲むのなら豆を二人分用意するけど、と娘は最初こそ言ったのだけど、私が絶対にうなづかないのをわかって言わなくなった。
 そうして娘は一杯目の、私は二杯目のコーヒーを飲む。
 パートタイムを終えた私と、派遣社員の仕事から帰った娘の、ほっとひと息をつく瞬間だ。


 私は夫と六年前に離婚した。
 夫の暴力が原因だ。
 博打が好きで、あれやこれやと賭け事に手を出し、借金を作った。麻雀、サイコロ、珍しいのでは闘鶏や闘犬での賭博にまで手を出していたらしい。そんなものがあることさえ、若い頃の私は知らなかった。夫が賭け事に弱いのか、騙されるのか、たしかなことはわからない。でも騙されるほうだろうと思う。気が良すぎる人だった。だからそれが裏目に出て、親切に金の融通を申し出られるとすぐに甘えてしまうのだろうと私は思っている。
 でも気が良いのは、反面、心の弱さでもあった。
 家に入れるはずのお金をすってしまう。そればかりかわずかな蓄えも博打につぎ込んでしまう。娘の小学校の給食費も払えないことが年に何度もあり、恥ずかしかった。多感な年頃の娘はなおのことだっただろう。
 貧乏には耐えたが、夫がやがて暴力をふるうようになって、私は恐ろしくなった。
 私のことはまだいいが、娘が中学、高校となると、荒れた父親のいる家には寄りつきたがらなくなり、友達の家に夜遅くまでいるようになった。それを夫が厳しくとがめる、娘は反発する、それでも夫は娘に手を上げることはなかった。愛情を持っていたのだと思う。しかし、私には娘の見ていないところで手を挙げることがしょっちゅうになった。
 離婚を決意したきっかけは、娘が外泊をしたことだった。初めて、夫が娘に手を上げた。大学の推薦が取れた十月のことで、娘は友達の女の子の家に泊まって、私も許可を与えていたのだが、夫には知らせていなかった。賭博で家にいなかったから。この日は隣県まで出かけての闘鶏賭博だった。
 自分に無断で外泊したのが気に入らないということらしい。夫が娘の頬を張り、高い音がした。
 許せないと思った。私にばかりじゃなく、娘にまで。
 自分の心が弱いから、だらしがないから、このようになってしまったのでしょう。そう思い、叩きつけるように思ったままを夫に言ってしまった。
 結局、夫の暴力は私に向かい、頬を真っ赤に腫らした娘が泣きながら止めに入ることになった。
 そこで私はもうとっくに限界が来ていたことを悟ったのだ。
 築三十年という中古アパートに家財道具も持たずに引っ越したのは、娘の高校が卒業式までの自宅学習期間に入った一月のこと。このときしかないと思った。夫には何も告げずに出た。家の中にいたら離婚の話し合いなどできるはずがないと思ったからだ。
 娘が大学に通うようになって半年経った頃、間に人を立てて離婚を申し出た。夫は意外にもすんなりと了承した。離婚届に判子をもらい、一日で荷物をまとめて――とはいっても、もうアパートのほうで必要なものはあらかた揃えてしまっていたが――二十年以上を過ごした家を出て、それで夫との時間は終わったのだ。
 それが今は娘も大学も卒業して二年、派遣社員の仕事をしながら国連英検の資格を勉強している。
 子どもだと思っていたのに、いつの間にかたくましくなった。
 それに、母親の身びいきかもしれないが、美しくなったと思う。会社では男性から秋波を送られることなんかもあるのかしら。二人っきりの狭いアパートで夕食を取っている時、さり気なく聞き出そうとするのだけど、娘ははぐらかして何も教えてくれない。言わないということは、何もないわけではないのだろうと思うし、まだ親の出る幕ではないということなのだろうとも思って安心するような、もどかしいような気もする。
 年頃になった娘に引き替え私のほうは……。
 老いた、と思う。
 まだ六十歳にまで幾年か、ある。でも同級生とたまの電話などすると、何人目の孫ができたなどという話になることも珍しくない。孫という言葉はひどく老いを意識させる。
 三面鏡の前に座ると、鬢(びん)のあたりに白いものが目立つ。
 世間では、五十代ではまだまだおばあちゃんなんて呼ばれないけれど。私だってウィンナ工場のパートタイムで働いている時や、同僚と遊びに行くときは若いつもりでいる。そうでなくちゃ働けない。でも、心のどこかが老いたのを感じる瞬間が、ときどきある。週に一二度、いや、もっと多い。
 いつか私の娘も結婚するだろう。近々数年のうちに、などということはないかもしれないが、いずれきっとその話がでる。
 私はそのとき、ほんとうに自分の老いに向かい合わなくてはならないのだ。
 娘が自分の家庭を持ち、子を産み育てる時、私はどこにいるだろう?
 一緒に暮らしているだろうか、それともこの小さな古いアパートに住み続けるだろうか……。
 一人のほうが気楽でいい。そんな風にも思う。

 今日も私が先にパートから帰って、テレビを見ているところだった。
 そこへ娘が帰ってきて、いつものように台所でコーヒーの用意をする。
「お母さんも、飲む?」
 この呼びかけはもうすっかり習慣になった。
「お前が淹れたあとの豆でいいよ、薄いくらいが好きなんだから」
 私も答える。
 いつもの、二杯目のコーヒー。
 そこに、電話が鳴った。
 娘がすぐに受話器を取った。もしもし……と言ったきりしゃべらない。
 何か緊急の連絡だろうか。
 とりあえずテレビの音量を小さくしようと私は腰を浮かせた。そこへ、受話器の通話口をおさえたまま台所の引き戸を開けた娘の声が届いた。
「藤尾の伯母さんから。お父さんが死んだって」
 お父さんが、死んだって――
 娘の声が、こわばっていた。
 私は、何と答えただろう。
 わからない。
 わかったのは、娘からの知らせに衝撃を受けている私がいること。もう夫とのどんな関係も途切れたと思っていたのに。
 今日までの自分の時間がまだ夫とは完全に途切れていなかったのだということを理解した。どこかで夫が生きていて、自分も生きている、こんな時間がまだずっと続くのだと思いこんでいたことに気づいた。
 私の夫との時間は、離婚で終わったのではなかった。
 今日、この時に終わったのだ。
「コーヒー、まだ飲むよね」
 娘の声に感情がほとんど残っていないことに気づく心の余裕は、私にはなかった。
 ただふと、もう戻らない時間のことを考えたくなった。
 思い出してみたくなった。
 コーヒーメーカーを買って、二人分の濃いコーヒーを淹れたことを。
「やっぱり、新しい豆で淹れてもらおうかしら」
 娘は少し呼吸を置き、わかったとだけ答えた。

 気づくと、娘がちゃぶ台の上に私のコーヒーカップを置くところだった。
「はい、コーヒー。どっちも一杯目」
 湯気の中に香気がこもったコーヒーだった。
 目をつぶって香りを少し楽しんで、口をつけた。昔恋人だった人に、音を立てないのがお前の上品なところだね、と言われた日を、なぜか今は思い出せる。その人はやがて夫になり、それから他人に戻ったはずだった。
 コーヒーはおいしかった。
 結婚したばかりの、いつかの日と同じ味であるはずはないのに。
 私はどうしても同じコーヒーを味わっているように感じられてならなかった。
 おいしい、と言うと、娘がそうでしょう、とやんわり相好を崩した。そこではじめて、彼女の顔がさっきまで不自然にこわばっていたのだと気づいた。
 ちゃぶ台に、私の洋服ダンス代わりのポリの抽斗、衣紋掛け用の立て掛けハンガー、それから小さなテレビ。そこに二人で座っている。
 テレビの画面に住宅のCMが映っている。青空に雲、新築の家。肩を寄せた若い夫婦。そこに虹がさっとかかり、夫婦のそばに魔法のようにチリンと音を立てて娘が、息子が現れる。幸せそのものの顔で見つめて笑い合う。
「贅沢しちゃったね、わざわざ豆を換えてもらって」
「いいんじゃない? 私はいつも新しい豆の方がおいしくっていいと思うけどな」
「そうかもしれないね」
 続けて私の唇がぽつんとつぶやいた。
「結婚したばかりの頃は、よくこんな贅沢をしたっけ……」
「ふうん」
 娘が私のほうに珍しいものでも見るかのような目を投げかけている。
 私が昔を振り返るのが、そんなに不思議かしら。
「お父さんのこと、好きで結婚したんだもんね。どうして許せなくなっちゃったのかな」
 なんでもないことのように、小さく娘が言った。
 たしかに彼女にとってはなんでもない疑問だったのだと思う。それだけに長い間ずっと心のどこかに持ち続けていた疑問だったのかもしれない。
 それが今、ふと口をついて出たということなのだろう。
 でも、私はその言葉に、突然の胸の痛みを感じた。

 ――どうして許せなくなっちゃったのかな。

 許さなかったのは、私だったのだろうか。そして許されるべきなのは、夫だったのだろうか。そうだと、ずっと思ってきた。娘は今もそう思っている。でも、どうして私はこの言葉に傷つくのだろう。
 たしかに、自分は夫を許さないと思ってきた。
 でもいつのまにか、それが変わっていたのではないだろうか。
 自分こそ、夫に許してほしいと思うようになっていたのではないか。
 妻を殴ってしまう弱い夫の心を救ってやれなかった。見切りをつけたふりをして逃げてしまった。いつのまにか、許せないのは自分自身だと思うようになっていたらしい。
 夫が死んだと聞いた今、やっとこの瞬間になって、そのことに気がついた。


「お母さん、これからお父さんのところに行くけど、一緒に行く?」
 娘の声がする。
 私はかぶりを振るだけだった。
 亡くなった夫にはいつでも語りかけられるのだから。
 私は夫に許してほしいとは言わなかったけれど。これからゆっくり話そう。昔のこと、今のこと、これからのこと。
 ひとつ、思い出したことがあった。私がコーヒーメーカーのガラスポットをうっかり割ってしまったとき。大丈夫かと言って私の怪我を心配してくれた。指を切ったかもと言ったら両手で包んでじっと見つめてガラス片がないかどうかたしかめ、それから絆創膏を貼ってくれた。それから黙ってかけらをすべて拾い集めて破片を掃き、冷めかけでもうまいよとコーヒーをすすって笑った顔。
 そそっかしい私をいつも夫は許してくれていたのを思い出した。
 ポットは割れたけれど、淹れたコーヒーはいつもおいしくて。
 でもいつからか私は夫を許さなくなり、倹約という名目で出がらした豆でしかコーヒーを飲まなくなり、あの頃のコーヒーの味も忘れて。
 私は、老いただろうか。
 いやそんなことはない。
 ひとつの幸福な私の人生が終わり、そして今、生まれ変わったのだ。
 娘の車のエンジン音がして、遠ざかっていく。
「さようなら」
 小さくつぶやいてみた。

 とうに飲みきった白いカップの底には、ほんの少しだけ、未練のようなコーヒーの色。


-了-


(※「羊の葉結み」http://www.s55.net/~hitsuji/ 投稿作品)

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