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2005.03.21

『バカトモ?』(八枚)

「上島徳子ォォォォ」
 また、あのうっとおしい声が背後から聞こえてくる。登校時くらい忘れていたいものだ、あいつのことは。
「今日は、ちょっと、寝坊した、けど、負けねーぞ、俺の方が、早く、登校、して、やる」
 伏山太吉が息を切らせかけながら横に並んでこんなことを言ってきた。無理して長いセリフを言うもんだから、最後の方はとぎれとぎれだ。思わず笑いそうになって、顔を背けてごまかす。
 こいつは何かにつけて私をライバルと呼び、勝負を挑んでくる。今みたいに。
 けど、残念ながら伏山は馬鹿だった。あんなに遠くから私に大声で話しかけたら、私は追いつかれる前に走り出すに決まっている。私がもし亀でも、そして伏山がアキレスでも抜き去ることはできないに決まっているのだ。
「いちいち突っかかってくんな、伏山!」
 まずでっかい声を投げつけておく。それから私は華麗な走りで校門をくぐり、振り向きもせずに教室に向かった。
「まだ、負けた、わけ、じゃない、ぞぉぉ」
 遠くから声だけが追ってきた。
 授業中。
 伏山の馬鹿は、私が手を挙げようとするのを待って先に手を挙げる。
 まあ、それはいい。ライバル視されれば張り合いも出る。勉強がはかどる。数ヶ月後に迫った入試で難関の私立泰斗高校に合格することに役に立つ。
 でもどうして?
 給食の時まで私と競争しようとするのは、どうしてなんだよォ。
 私は女子の中でも食べるのは遅い方なんだぞ。その私に大差をつけて勝利し、意気揚々としている伏山は何なんだ。
 掃除の時、私が掃除を任される範囲までさっさやっちゃうのは、どうしてなんだ。その挙げ句、一部の女子に「伏山はあんなこと言って、上島が好きなんじゃない?」と言われて引っ込みがつかなくなり、私たちの班の分担を全部やる羽目になったりして。でもそれは一週間も続かなかったけれど。笑えたけど。
 そんな無駄でしかない努力を払ってまで私に勝ちたいのか? 勝ってうれしいのか?
 私にはさっぱりわからなかった。言っておくけど、私は特別なことは何もない、つまらない人間だ。成績はたしかにいい方だけど、学年でダントツというわけじゃない。現に泰斗に合格できるかどうかは、母と担任の先生と三者面談を繰り返しているものの、
「あと一歩……」
 と言われ続けている。
 冬休みが近くなったある日、私は伏山に驚かされることになった。
「俺も泰斗を受けるからな、上島」
 馬鹿を言っちゃあ、いけないよ。私は思わず心の中でマイクを握りしめて叫んでいた。
 受かるわけがない。
 でも伏山は本気だったようで、記入済みの願書を私の目の前に突きつけて、言い放ったのだ。
「受験で、お前に勝つ。最終決着をつけてやるからな」
 馬鹿の考えていることは、わからない。私は伏山のことが心配になった。
 しばらくおいて。
 私は恐るべき未来を予想して鳥肌が立った。
 もし落ちたら……?
 私と伏山の勝負(勝手にあいつが言っているだけだけど)は『引き分け』になるんじゃないか!?
 あいつが受かるわけないからね(ひどい!)。私が落ちて引き分け、これが考えうる最悪のパターン。だったら何よ、今までのへんてこりんな勝負の結果は全部全部なかったことになって、最終的に私とあいつは『引き分け』ということで歴史に残る(?)ことになるわけ?
 私は必死に勉強しましたよ、したともさ。
 およそ二ヶ月後。泰斗の合格発表の朝。
 泰斗の合格者に、やっぱり伏山太吉の名はなかった。
 私は、受かっていた。
 夜、私に電話があった。
「もしもし、上島? 伏山だけど。お前なら絶対受かるって思ってたんだ。俺? 俺なんかだめに決まってるじゃん。そりゃあ勉強に手抜きはしなかったけどさ……おめでとう。もう会えないけど、がんばれよ。泰斗に行ったら、俺なんかよりずっと手強いライバルがいっぱいいるんだぜ」
 あっさりしてた。なんだよ、勝負じゃなかったの?
 もしかして、私を励ますために受験で最終決着なんて言ってくれたとか?
 まさか……ね。伏山は馬鹿だし、そんなことあるわけない。
 あるわけないと思ったけれど、でもどうしてもそうとしか思えない自分がいた。
「伏山、もしかして勝負だなんて言って……私を応援してくれたの?」
 おそるおそる、聞いてみた。
「うん、まあね」
 あっさり肯定されてしまった。どうしよう。
「なな、なんでよ?」
 動揺する私。そしてなぜか照れながら、でもつかえてたものが流れ出すようにしゃべりはじめる伏山。
「あれ、もしかして、やっぱり全然忘れちゃってた? ナハハハハ、そっかあ、そうだよなあ。あのさ、一年の時、お前すごい熱を出して学校に来たことあったじゃん。俺あのとき保健委員でさあ。給食の時に真っ青な顔をしていたお前を担任に言われて保健室に連れてったんだよ」
 すごい熱、それは覚えている。でも伏山が保健委員だった? そうだっけ。
「お前、熱でモーローとしてたからな、覚えてないんだろ。その時、俺お前にひどいこと言った。『なんで無理して学校なんか来るんだ、人に迷惑かけてまで来なくていいだろ、休めてラッキーじゃん』って。いや、俺の本心じゃなかったんだ。ただ、給食が食えなくて俺の腹がそう言わせたんだ。信じてくれ」
 べつにいいよ、言い訳しなくても。覚えてないし。
「でさあ、そのときお前言ったんだよ……泰斗のこと」
 ああ、思い出した。今までずっと忘れていたのに。受験に真剣になるなんてみっともないから、私は誰にも言いたくなかったんだ。あのとき、たしかに保健室で言った。熱のせいだったんだろう。その相手が伏山だったのか。
「言っただろ、『私は負けたくない。熱にも、あんたにも。私はきっと泰斗に行くんだから。学校を休んだりしない』って。俺、あのときのこと、ずっと気になっててさ。お前が本当に泰斗を受験するって聞いて、でもなんかこのごろ表情暗くてさ。あのときの負けん気を思い出してほしくて……。まあ、まあ、まあ、そんなことを思ったり思わなかったりしただけ。お前じっさいすげーよ、ちゃんと泰斗に受かるんだからさ。あ、それとさ、あのときひどいこと言ってごめん。それだけな。じゃあな、泰斗でがんばれよ!」
 最後は一気に早口でまくしたて、私に何も言う暇を与えずに、伏山は電話を切ってしまった。
 部屋にも窓の外にも音が消えていた。
 私は、自分が友情を知らなかったことを知った。
 こぶしを膝にぐっと押し当てた。胸の中で痛いほど強く動いている心臓の拍動を数える。何百数えたか忘れる頃、やっとそれはゆっくりになり、感じ取るのもやっとのくらいに小さくなった。私は立ち上がり、連絡名簿を開く。
 ゆっくり、番号をプッシュする。


-了-


(※三語即興文未投稿作品:お題「友情、努力、勝利」追加ルール「少年漫画的なものを目指して」)
このところ、コメディ・タッチというか、くだけた作品を書いてみたかったのです。
そんなこともあって、このお題で書いてみようかなあ、と軽い気持ちで書きました。
案の定長くなりました(笑)。
ここにひっそりと置いておきます(^^;

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