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2004.11.22

『潜水艇ヘプタポーダ(改稿)』(三枚)

※少々長かったので、シェイプアップして、少し展開を加えてみました。この状態で、「作家でごはん! 鍛錬場」の三語即興文に投稿しました。

 コマーシャルが終わると、巨大イカに向かって突き進む潜水艦の画像が現れた。砂嵐混じりの白黒テレビでも、昭和の頃のぼくには本物以上の迫力に見えた。
 世界でただ一艇の対巨大生物格闘潜水艦。その鋭くなった先端に近い部分から、鋼鉄の腕がにょきにょき生えてくる。節足動物の脚のようなそれらは、巨大イカの体を掴んだ。暴れるイカに潜水艦はぐらぐらと大揺れするが、さらに何本もの腕を追加して、ついに頭上高くに持ち上げてしまった。
「これさあ、ピアノ線で吊っているんだぜ」
 頭の上で、兄の声がした。ちゃぶ台の前に正座したぼくの背中ぴったりに立ち、上から覗くようにぼくのほうを見ていた。
「上下逆さまにして撮影すると、吊した線が影に入って見えにくくなるからな」
 中学生の兄は、白黒のテレビ画面を指さして得意げに解説をした。学校の成績もいい兄は、大人たちから理屈っぽい子、夢のない子と言われることが多かった。
 でもほんとうはそうではないとぼくは知っていた。兄は説明をし終わると決まってぼくにこんなことを言ったものだった。
「だからさ。今テレビで見ているのはニセモノの潜水艦だったり宇宙船だったりするんだけどさ、いつか造ってやるんだ、本物の潜水艦を。宇宙船を。お前を乗せてどこまでも行けるヤツをさ」
 大人たちはいつも兄の言葉をめんどうがって途中でさえぎり、勉強ばかりしているから夢のないことばかり言うのだ、なんて叱ったものだったけれど。何のために兄が勉強していたのか、兄が十八歳で亡くなっても、ついに考えることはなかったらしい。
 ――居眠りをしていたのだろうか。何十年も昔のことを思い出すなんて。
 目の前の有機ELディスプレイには、ファインセラミックと特殊シリコンの外装を持つ新型潜水艇の設計図が映し出されている。名前はヘプタポーダといい、二十四本のカーボンナノチューブ合金の伸縮式無段階マニピュレータを装備している。搭乗できる人間は四名の研究員である。だが、ヘプタポーダが乗せるのはそれだけではない。私たちスタッフ全員と、私の兄の気持ちも一緒に乗せている。私はそう信じている。進水式は、一ヶ月後。私は最終の総合チェックを行っているところだった。
「もう十二時間以上もかかりきりですよ。長い間かかって、お疲れでしょう」
 声がかけられるまで、人がいることに気づかなかった。若い女性スタッフが、隣の席からコーヒーの入った自然分解性プラスチックの使い捨てカップを差し出してくれていた。
「長い間、かかったよ」
 私は彼女に言うともなく、つぶやいた。
「こいつからピアノ線を取り去るのに、何十年もかかってしまった……」
 彼女は形の良いあごを傾け、理解不能のジョークを言われたときの表情を示した。

-了-

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