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2004.11.14

『ケルピー』(改稿)

 ハイランドのフィヨルドに打ち寄せる波は、夏の晴れた日でも荒々しく、かつ冷たい。
 白い波間に三度、人の姿が見えたと思い、探していたら、大波がぼくの頭上から襲いかかってきてずぶぬれになってしまった。異国に来てこんなドジ、自己嫌悪に陥りそうだ。
「あははは。君、平気か。冷たいだろう」
 まるで笛の音のように空気を渡ってくる陽気な声がした。男性の、だけどだいぶ中性的な、あるいは妖精的な声だと思った。見ると、岩場に若い男が座ってこちらを見ていた。袖や裾がやけにびらびらとした黒い服を着ているけど、民族衣装だろうか。
「着替えは持っているかい? 僕の宿に案内しよう。本場のスコッチ・ウィスキーをおごるよ」
 同年代から気さくに話しかけられるのは、うれしい。けれど、いきなり酒のお誘いとは。たしかにぼくは生まれつきの赤ら顔で、西洋人から見れば酒豪に見えるのかもしれないけれど。ただ、決してぼくは酒が嫌いではない。ここはひとつごちそうになってみようか。
「見知らぬ方におごっていただくわけには……でも、ついでにうまいビールもいただけるなら、喜んで」
「ははははは。率直でけっこう。見たところ、君は、東洋人だね。日本かい?」
「よくわかりますね。そうです、生まれも育ちも日本で」
「なんとなくわかったよ。服装かな。なんとなくね」
 岩場を、足下を少しも見ずに、彼はぼくの目の前まで歩いてきた。微笑を浮かべた顔は人そのものだったけれど、でもやはりこれは妖精かもしれなかった。こちらには人をやたらと海中に引きずり込んで溺れさせるのがいると聞いたことがあるけれど……。
「水の中は、冷たいでしょう」
 ぼくはひとつ引っかけてやろうというつもりになって、聞いてみた。男は少しだけきょとんとした顔つきをしたけれど、「ああ」と答えてぼくの隣りに立った。
「僕は陸(おか)が大好きなんだがね。ひんやりした海に一日一度は戻らないと、落ち着かない。病気になっちまう」
「おうい」
 そこへ、宿屋を営んでいるプーカの亭主が両腕を振りながらやってきた。
「やあ、いいところへ来た。ぼくにもここで初めての友人が出来たよ」
 プーカに話しかけるぼくに、彼は面食らった様子だった。
「君も、妖精か」
「こちらは、日本からはるばるやって来られた天狗殿だ。失礼のないようにしてくれよ。天狗殿、こちらはケルピー。半馬半魚の妖精で、人を惑わして海に引きずり込む悪い癖がありましてね。ご無事でしたか」
 ぼくは一本歯の下駄をからんと鳴らして、空中に舞い上がった。
「もちろん、無事さ。ところで、ケルピー殿、先ほどのスコッチ・ウィスキーとビールの件、早々にごちそうになりたいのですが」
 あてがはずれたためか、いつのまにか上半身が馬、下半身は魚の姿に戻っていたケルピーは、ふんっと荒々しい鼻息をひとつ残して水面に没した。そのまま深い入り江の奥に体を翻してすっと潜っていき、そのまま姿を現さなかった。

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