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2004.09.11

『ミョウニチセンミー』(六枚)

 ちょっと変わったラーメン風の食べ物をおごると知己に誘われて、駅の表通りから路地を三つほど曲がったところにある暗い店ののれんをくぐった。
 ガラガラという引き戸の音に六十はゆうに越えていると見える小柄な店主が「いらしゃあい」と間延びした声で言った。もし食材にしたら出汁を取るしかなさそうな皮と筋ばかりの老人だが、音量の大きさは私の胃袋に期待させるものがあった。額の下の、落ちくぼんだ穴の底で蛍光灯の光を反射している黒い目も気に入った。人間の持つエネルギーというのは声と目にいちばん顕れる。
 十人入ればぎっちりの店には客はほかにいない。友人はすぐに注文をした。
「ミョウニチ、センミー、二人前ね」「あいあい、ミョウニチセンミー二人前」
 まるで外国語のようだ。たぶん、鮨屋なんかでよく使われる符丁の類だろう。
 ビニルのはげかかった丸椅子に背をかがめて座る。こういう店はどうも狭苦しい気がして私はこれまであまり入ったことがない。座敷があればましだったのだが、残念ながらカウンター席のすぐ後ろに、手書きの品書き札をばらばらと吊した壁が迫っている。長屋を改装したのかもしれない。幅がないので大人の男性が座ると奥の客が出口に向かうのに椅子を思い切り引かねばならないに違いない。私も友人も学生の頃から肥満体質で、中年になってその傾向はますます強くなっていたから、他の客が来てもいいように、もっとも奥まった椅子を選んだ。
 店主が煮立った寸胴鍋に麺を放り込む。ミョウニチセンミーというのは、きっとあれのことだ。ラーメン風とは聞いていたが、普通のラーメンよりもいくぶん白っぽく見えた。やがて、ラーメンどんぶりとは違うボウル状の白い器に入れられて、ミョウニチセンミー二人前が私たちの目の前に置かれた。スープがグリーンだ。空豆か何かを入れているのだろうか。ラーメンというイメージからはますます遠い。
「まあ、食ってみろよ」
 友人に促されて箸を割る。スープは思ったとおりだいぶとろみがあるようだ。友人が豪快に麺をすする音を立て始めたのを確認して、グリーンの海から麺を引っ張り上げて口に含む。
 あまりの辛さにむせそうになった。舌先ではほどよいピリピリ感と濃厚なコクが味わえるので油断したが、喉越しが激烈に辛い。軟口蓋が火災警報を発令している。たまらず、まだよく噛んでいない麺まで飲み込んでしまった。
「ほれほれ、水」
 友人が差し出すコップをぐいとあおってやっと落ちついた。
「なんだこれは。驚いたな。辛いんだな……たしかにうまいが」
 店の奥で翌日の下ごしらえでもしていたのだろう、何かをトントンと刻む音を立てていた主人がやはり間延びした声で友人にこう言った。
「前置きなしで食べさせちゃあ、気の毒ですよ」それから私に「びっくりさせてえ、すいませんね」
 驚きはしたが、好みの味だった。そのあとひとしきりこのミョウニチセンミーという変わり麺について友人と主人と交互に話を聞かせてもらった。センミーというのはタイの麺で、本来は米から作ったものであるらしい。この店で使っているのは、トウモロコシの粉を半分ほど混ぜたものなのだという。
「トウモロコシ・センミー、が縮まってトウモロセンミーになりましてね」
「それを常連客がしゃれてトウモローだったら明日って意味だ、明日ってことはミョウニチだ、と符丁にしちまったということらしいんだな」
 壁にぶら下がっている木の札を見ると、たしかに玉蜀黍麺とあって、小さいふりがなでとうもろこしめんと書かれている。スープのほうは、この麺に合うだろうということでタイのグリーンカレーからヒントを得たらしい。そういえば、喉越しの強烈さはそんな感じだった。してみると緑色は青唐辛子か。こんな小さな寂れた店で思わぬ創意工夫に出会ったのを私は愉快に思った。小さくてもこの店は老人の小さな城なのだろう。そういえばうっかりしていたが、この店はなんという名前だったろう。入るときに見ておかなかった。
 店を出て、のれんを振り向いて「千味屋」という文字を確認してから、友人に礼を言った。
「いやあ、うまかったよ。次は俺がおごるから」
 友人は気にするな、と言ったあとに付け加えた。
「トウモロコシの麺はカロリーがとても少ないんだ。それに辛いスープは代謝を促す」
 たしかに代謝が盛んになっているのだろう。ずいぶん涼しくなった秋の夜道が首筋にたまった汗をさらっていくが、体はそれでもほてりを少しも失わない。舌が焼けぼっくいになったようにちろちろと熱い。
「お互いに、無理の利かない年だからな。ダイエットというほどじゃないが、同じ食べるなら、こういうもんを選ぶのも悪くないだろ」
 ぽんぽんと、背中を叩かれた。そういえばこいつの娘の一歳の誕生日が近かったか、と唐突に思い出した。うちは先月に息子ができたばかりだ。
「まだまだ、先は長いからな」
「ああ」
 店の主人の間延びした「いらしゃあい」の声をなぜか思い出しながら、駅で別れた。

-了-

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Comments

いつもありがとうございます。
御作を読ませていただきました~。
拙い感想ですけれど、書きました。なにかの偶然により(^^; お役に立つようなことがあれば幸いに思います~。

Posted by: おづね・れお | 2004.09.13 at 04:54 AM

またまたお邪魔します。
今回の作品は小説というよりは
<エッセイ>という感じで気楽に読めました。
私も「ごはん」に作品を載せてますので(二十年後の事実)
よければ見て下さい。
でわ!!

Posted by: いっぽう | 2004.09.12 at 11:37 PM

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