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2004.08.11

『カレイのお姫様』(四枚)

「なあなあ、遊園地のタダ券の有効期限が今月末なんだけど、祥太いっしょに行かない?」こんな風に素直に言ってくる聡子に、俺はここのところ警戒心を持っている。どうも変なのだ。いつも強引な聡子らしくない控えめな言い方。どんな裏があるんだろう。絶対に何かをたくらんでいると思うのだけど、それがわからない。「ダメ?」俺が額に汗を浮かべてたじろいでいると、聡子が小さな声で言ってきた。もちろんダメなわけはない。そんなわけで俺たちは遊園地に来て、ひととおり乗り物に乗って遊んだあと、子ども向けの演劇を鑑賞しているというわけなのだった。演題は『カレイのお姫様』。どこかのレトルト食品のような微妙なタイトルだなあ。中身はアンデルセンの『人魚姫』の焼き直しという感じの話で、こんな風だった。人間の王子様に恋をしたカレイのお姫様が人間になったはいいが、元がサカナのカレイなので美しい顔になれなかった。そのために王子様に愛の告白をされたにも関わらず、ついに自分の顔に自信を無くして海に飛び込んで元のカレイになった。それを追って海に飛び込んだ王子様のほうはイルカになった。それから二人仲良く海で暮らした、という話だ。イルカになった王子様というのもどこかで聞いたような微妙なフレーズだなあと思いつつ、俺は隣の聡子を見た。聡子が目をうるませて必死にハンカチを噛んで感動に耐えていた。「よかったなあ、カレイのお姫様、よかったなあ……」周りの親子連れが席を立って次々に俺たちの横を通り過ぎていく。子どものことだから無理もないが、中にはまじまじと聡子の顔をのぞき込んでいく子もいて、俺は顔から火を噴きそうだった。でも聡子はぜんぜん気付いていない。俺もいつの間にかそんな聡子の横顔をぼーっと眺めていた。「あの台詞、祥太感動したでしょ?」急に問いかけられてろりろりする俺。「え、あ、ああ?」「人間になったお姫様が、心ない貴族の娘達に『どうしてお前の目はそんなに右に寄っているの』ってからかわれるところ」俺はそれでようやくわかった。「ああ、そこでお姫様が言うんだよな。『長い間ずっと、思い人の方ばかりを見ていたものですから』と」「そうそう、それで王子様のハートもズッキュンとなっちゃうわけ。ああ、感動した」「それ中盤のあたりだけどな。ずっとそこから感動してたのか……長いな」「何?」「何でもありまっしぇん」その後、食事をしてからその日は聡子と別れたんだが、あいつご機嫌でメニューの中からカレーを選んでいたっけ。そして右隣に座った俺のほうに視線を固定しながら食べていた。俺が先刻じっと見つめていたことへの報復なのか? もともと不器用な聡子がそんな食べ方をしたもんだから、口の周りはカレーだらけになるわ、時間も普段の倍以上かかるわ、なんとも気まずい食事だった。それにしてもどうしてカレーにこだわっていたのか。まさか、とんでもなく壮大な勘違いをしてないだろうなあ。カレーとカレイ……。知ってるよな、いくら聡子でも。と思いつつも、俺は不安をぬぐい去れないのだった。

-了-


(三語一行即興:お題「ゆう、れい、ごき」)
※わりと久しぶりの即興文でした。

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