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2004.08.15

『マンドラゴラと惚れ薬』(五枚)

「椎の実を炒った粉を、少々入れるのですよ~。あの~、ちょっと多すぎですけど」「もう、マンドラゴラが細かいことを言うからつい手元が狂ったんですわ」「ワタシのせいにされても困りますけど。もう教えませんけど」「いや、いやよ、いやいやん。文句言わないから教えてほしいですの、ラゴラちゃん」校内一の美女で通っている生徒会副会長の信濃がしなしなと体を寄せる相手の姿は、生徒会室にはない。それもそのはず、信濃の正面には乳鉢・フラスコ・ビーカー・アルコールランプと、瓶詰めになった怪しげな素材がいくつか、鉱物の粉末・薬品・漢方の生薬にも似たさまざまな動植物などがずらりと並び、そこにひとつの鉢植えがあるだけだったのだ。信濃がしなだれかかっている相手は、青々と葉を茂らせ、いかにも根菜類といった白い面持ちを少しのぞかせた鉢植えの植物だった。鉢には自称・マンドラゴラとマジックインキで書かれている。「あの、ワタシに抱きついても効果ゼロですけど、やめてほしいんですけど~」「やめてほしかったら、教えてくださるわね? ね? ね?」「わかりましたんで、離れてくださーい」――数分後。「アルカリって、演算実習準備室跡からくすねてきた水酸化ナトリウム水溶液でもいのかしら?」「きっとたぶんノープロブレム~」「それに合鴨の脚のヒレを加えて煮込むんでしたわね……合鴨って古代魔術の生まれた頃からいたのかしら?」「気にしない、気にしない~。ラゴラの秘術で、惚れ薬の完成確率は百パーセント~」「あんたその調子で魔術同好会の連中にもおかしなレシピを教えたんじゃないでしょうね。あのときは全員が魔術の失敗で人形になってしまったじゃないの」「さあ、何のことか知りませんけど」「とぼけるなっ。ああ、愛する古藤さんのためだとは言え、ついに魔術に手を染めることになろうとは。信濃みどり、何か大事なものを魔に売り渡した気がいたしますわ」――数日後。いっこうに態度に変化のない生徒会長の古藤を見て、信濃は怒っていた。「マンドラゴラ~! わたくし、古藤さん用に買い置きしてあった八十八茶のPETボトルにちゃんと惚れ薬を入れましたわ。それなのに未だ効果無しとはいったいどういうことですの!」「あ、あの、あの……」「いつものへらず口が出てこないようですわね。ほほほ、このまま二つに割って来年の干支でも彫って芋判としての人生を歩ませて差し上げようかしら」「あの~、芋判って発想が古いですけど」「なんですってえ」「ワタシ、わかりましたけど。惚れ薬が効いていないのではありませんよ~」「なんですって?」「真相は、こうです。PETボトルの八十八茶を古藤さんはたしかに飲んだのですよ~。では、なぜ古藤さんの行動に変化が見られなかったのか?」「あんた推理小説の探偵みたいなしゃべり方になってるわよ」「それは~」「それは……」「ズバリ~」「ズバリ?」「古藤さんは~」「あーもう、いかにも根菜類といったのろのろしゃべりはたくさんですわ! 早くおっしゃいなさい!」「古藤さんは、すでに信濃みどりさん、あなたにあなたにもう夢中~! これが真相です~」「はっ!」信濃の額のあたりにベタフラッシュが生まれた。「そ、そんなことあるわけないですわ。おほほ、そんな、薬に頼らなくてもわたくしに恋していたなんて、おかしいですわ。嫌ですわ、ラゴラちゃん」バッチィィン。鉢植えの土から二センチほどのぞいていたマンドラゴラの根の白い部分に信濃のデコピンが炸裂した。「い、痛いですけど~。根菜類虐待はんたーい」信濃はマンドラゴラの抗議に耳も貸さずに生徒会室を靴音高く出ていった。残ったマンドラゴラは一人ごちた。「まあ、いいですけど。なんとかごまかせてほっとしましたけど」――それから十数分後。寝付いたマンドラゴラのいびきだけが響く日の落ちた生徒会室をこっそり出ていく女生徒の影があった。彼女の名はサレミィ。東南アジアからの留学生でありながら生徒会書記を務めている、陽気で人好きのする彼女だったが、今日は足音一つ立てずに異様なほどの前傾姿勢で生徒会室から出ていこうとしている。まるで盗人のように……。「あ、あぶなかったー。とっさに書棚の影に隠れて正解だったヨー。私が前に井垣くんに何気なくあげちゃった八十八茶のこと、ばれるかと思った。でも、いったい何をマンドラゴラと話していたのかなあ、信濃副会長」サレミィが出ていった暗闇の生徒会室に、マンドラゴラのいびきだけがひっそりと響いていた。「ZZZZ……あの、全部聞きましたけど……ZZ……」

-了-


(三語一行即興文:お題「あい、ある、しい」)
※人間関係が複雑になってきました~


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