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2004.07.29

『奇術師・佐井田天然のヒミツ』(五枚)

 アマチュア奇術師の彼に誘われてマジックショーを見ることになった。隣の市にあるレストランで、マジックショーつきのディナーを毎週金曜日の夜に催しているというのだ。勤め人の私たちにはデートコースにもってこいだと言って彼が見つけてきた。本当に好きだなあ。ショーをやるのは佐井田天然という有名奇術師をヘタにもじったような名前の人。名前からしていかにも売れない三流奇術師らしいと私は思った。しかし行ってみて驚いた。ありきたりなカードマジックやボールマジックの類だと高をくくっていたのが、とんでもない。空中浮遊に人体切断、瞬間移動や物体消失などと、テレビでしか見たことないような大がかりな奇術が次々に披露されていった。私はおいしい料理で舌を、ついでにマジックショーで目を楽しませていたけれど、彼の方はそれどころではなかった。「わからない。人体切断と瞬間移動のトリックだけがどうしてもわからない……」としきりにつぶやいている。いつもは奇術のビデオなんかを借りてきては私に「あの仕掛けはどうなっているかわかる?」などとからかい半分に聞いてくるのになあ。それで鼻高々に解説してくれるというのに。軽い性格が身上のエンターテイナーを自称する彼にしては、余裕がない表情がとても珍しい。私はこんな顔も好きだけど。見られてラッキィ。って関係ないけど。「人体切断に瞬間移動でしょう? 双子のトリックじゃない? よくビデオとかで君が解説してくれるみたいに」と私が言うと、「それならとっくにわかってるよ、不可能だ」と渋い顔。ぶー。その顔も好きだけどさあ。でも今はトリックの研究よりもデートでしょうに、会話をぶち切らないで、つなげようって思わないわけ? これだから男って……と思いつつも、この際だから彼の料理までいただいちゃおう、と私は邪念にとらわれかけた。その時、佐井田天然その人が私たちのテーブルに近寄ってきてこう言ったのだ。「君らに、私の魔術の秘密が、わかるかな?」がたん。彼が椅子を蹴って立ち上がったのがわかった。こらこら、どうどう。あれはお客様へのサービスでしょう、君に奇術勝負を挑んできたんじゃないんだよ。と、私が心の中で必死になだめつつ、口に大量のごちそうをほおばっていると、そんな私の声が届かないのか(届きません)彼はそのままレストランの外に出てしまった。あららら。ま、私はこれくらいじゃ怒らないけどね~。第一彼のおごりだし。でも真剣に悩んだり挑発に乗ってしまう彼も可愛いよね。私もめぼしい料理は一通りフォークでつついてお腹も八分目くらいには膨れていたことだし、そのまま彼の後を追って出た。決して自分のお財布からチャージを支払うのが嫌だったんじゃなくてよ、ホホホホ。ロビーで彼はしょぼんと腰掛けて私を待っていた。「ごめん、あの一言を言われてカーっと来ちゃって、殴りかかりそうになった。自分を抑えられなくなって……」「いいよ、いいよ。気にしない。それよりもさあ、君、喉が渇いているでしょう。飲み物にも手をつけずにじっと見ていたもんね」「うん……」「何かもらってくるよ。ジュースや炭酸飲料はダメでも、水くらいだったらくれるでしょう」「ありがとう」私は小走りに店の奥に入っていった。そして、そこで見てはいけないものを見てしまった。おそろいの赤いエナメルの靴、レストランの従業員ではまず履かないと思われる気取りすぎた男物の靴が、ちらっと店の奥で踵を覗かせているのを。そう、レストランの従業員じゃなくて奇術師にだったら違和感がなさそうな靴。それは踵を六つ揃えてあった。つまり三足あった。きっちりと揃えて並べられて。うっかりしたなあ、佐井田さん。このへんのお間抜け感がまた、三流というか、ねえ。そう、佐井田天然は二人じゃなかった。三人いたのだ。双子のトリックという既成の概念にとらわれていたら気付かない大胆なトリックが使えるわけだった。でもきっと本物のプロにはバレバレなんだろうね……。私は黙ってそこを通り過ぎ、もらった氷水を持って彼に手渡した。私が知ってしまった秘密を彼に教えたら、彼は落ち込むかなあ、怒るかなあ、と考えながら。どうしようか。だって、どっちの彼も見てみたいじゃない?

-了-

(一行即興文:お題「みら あま んだ」)
※また長くてすみません~(^^;

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