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2004.07.27

『聡子と日記(三枚)』

 黙って上がり込んだ幼なじみの家のあいつの部屋に、日記が置いてあった。祥太の日記だ。勉強のできる祥太には似合わないヘタな字で「日記帳」と書いてある。太いペンで書かれたその字体は、私にとっては祥太と同じように物心ついてからのなじんできたもの。表紙の日付は、夏祭りの数日前。もうあれから何ヶ月も経った。「なに、これ、どうするん?」誰もいない部屋で西日に赤く染まったノートに向かってつぶやいた。手を伸ばすこともためらう気持ち、でも一目でいいから中を見てみたい気持ち、胸がつぶれそうになる。「祥太、ごめんなあ」私は目をつぶってノートを手に取った。それから、目を開く。一目でいいなんて思ったのが嘘みたいに、私は食い入るようにノートを見つめ、呼吸を整えてから、おもむろにそっとページを開く。もちろん、汚したり折ったりして証拠を残さないためだ。あいつは頭がいいから、気をつけないと絶対にばれるもんね。『七月九日 今日から日記を書くことにした。暑い。明日は祭り。今年も聡子と行くことになってしまった。』一ページ目はたったこれだけ。なに、これ、一日一ページしか書かないの? もったいないなあ。それに私の名前が出てきているのはいいけど、イヤイヤ気分が出ているような気がするのはどうしてなん? 納得いかないなあ。さ、さ、次のページ! ……次のページは真っ白だった。そっとめくったことを私はもう忘れて、怒れる神のごとき指先で次々にページをめくっていく。祥太の奴ってば優等生のくせに日記は一日坊主? 半分以上めくって、なんだか目頭が熱くなってきた。どうして? 私、どうして悲しくなってきたん? そして思い出した。祭りの夜の、私たちの口づけのこと。「祥太ぁ、どうして何も書いてないん? どうして祭りの日の日記を書かなかったん? せめて三日坊主になろうよ」あ、いけない。涙が出そうになってきちゃった。私は胸に手を当てて自分を落ちつかせた。そのうちに、日記の真っ白いページを見ていると、忘れようとしていた罪悪感が甦ってきた。「ごめんなあ、私が悪いよね。勝手に覗き見して、勝手に怒って……」指の腹でなでるようにして、パラパラパラと残りのページをひと息にめくっていった。固い裏表紙まで来て、ノートの音は止まる。私はとても驚いていた。そう、そうだった、祥太は美術はずっと5だったし、書道だって段位を持っているんだった。マジメにやったら、かわいい絵だって、きれいな文字だって書けるよね。裏表紙に小さく控えめに書かれていた女の子が、私に向かってにっこり笑ってこう言っていた。私の口癖をまねて。『日記、最後まで書けたかなあ。なあなあ』ぽつっと音がして、女の子の台詞のあたりに水の粒が落ちたのを私は知った。このままにしたら、ノートにはきっとかすかな染みが残るだろう。誰も気付かないような、小さな染みが。私は思いが壊れないように、私の罪を彼がいつか見つけて、そして許してくれると信じて、そのノートを閉じた。何食わぬ顔で明日も学校に行こう。そしていつも通りの私の声で彼におはようって言おう。

-了-

(一行即興文:お題「にっ しょ うき」)
※『金魚』からの流れでもあります~。可愛いという言葉をいただいてしまった(^^; うれしいやら恥ずかしいやら(^^;
 そういえば『金魚』も、書いたときは恥ずかしかったなあ。(でもけっこう気に入っていたり~)

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