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2004.07.10

『カプノス』(八枚)

 カプノスと星霊学者が名付けた煙のような生命体は、どうやら知能を持っているらしかった。ようやく警察の機動隊にも単分子ワイヤーネットや、電磁結界の装備が与えられ、よほどの手強い相手以外には、我が特殊部隊インビンシブルの出動の要請が入らなくなっていた昨今だったのだが。場所は三原山。火口より大量に湧き出した煙がどうやらカプノスであるらしかった。「住民はすでに退避させてある。バンニップのようなアストラル化はできないと予想されるが、発見次第手早く捕獲せよ。だが、弾の無駄撃ちはするな」今回は簡易アセンブル・スーツによる地上作戦だった。このスーツは背嚢に携行し、簡単な組み立てで人間の筋力や耐久力を飛躍的に増大させるもので、山岳や湖沼地帯での作戦には不可欠な装備である。しかし、むしろ今までの作戦と違っている最大の点は装備ではなく、随員を加えたことだった。「あなただけ丸腰に近いというのはいささか安全面で危惧が残りますが……」と私が言ったのは儀礼的なものだ。「いえ、カプノスというのがご説明通りのモノでしたら、ぼくには危険はありませんから」と答えた誠実そうな青年は、高校生の息子といくらも歳が違わないだろう、普通すぎる容姿だった。モノトーンのスーツに黒ネクタイ、手首には幾重にも数珠。親類の葬儀帰りにしか見えないのだが、この違和感の正体はきっと作戦で明らかになるのだろう。私の予想は当たった。しかもいささか悪い方に。「住人は全員退避したのではなかったのか!」作戦開始から二十二分後、部下の報告を聞いた私は、本部につながる無線に向かって怒号した。火口付近に明らかに人間と思われる物体が少なくとも五つ、目視できたというのだ。「そう怒鳴るな、単細胞が」若い女性オペレータに変わって無線画像通信に出たのは、いつもの星霊学者のジイさまだった。「あれはな、人ではない。いや、正確に言うなら、もう人とは呼べないというのが正しい」「どういうことですか」奥歯がぎりりと鳴った。「ゾンビー、という言葉をもちろん知っておるな、インビンシブル」「もちろんです……だいたい察しはつきました」ゾンビーとは、狭義ではハイチ共和国、広くは西インド諸島の地域で信仰されているブーズー教の怪物で、死者に対しておぞましいゾンビ・パウダーを用いることで、術者の意のままに操られる死体のことである。ゾンビーとなった死体の魂は破滅し、二度と救われることはないと言われる。「人間をあのように操っているのが、カプノスである。できるだけ多くのカプノスを逃さず捕獲するのだ、わかったかな」私の奥歯がもう一度鳴った。先月硬質セラミックのものと換えた歯は、もういくら噛んでも砕けることはない。そこに先ほどの青年が口を挟んできた。「隊長さん、ちょっといいですか?」この青年を随行したことに何らかの意味はあるのだろう。私は黙って頷いた。「ドクター、先に説明していただいたように、カプノスというのが取り付いた人間がゾンビーのようなものでしたら、ぼくの専門です。まずは試してもいいでしょうか?」「もちろんだ、木国谷くん。見事祓ってみたまえ。インビンシブルがカプノスのみ回収する」この青年は木国谷というらしい。リーダーである私に伝えるのを怠るとは、現場に何も知らせない体質にもあきれるほかない。青年は、「聞いたかい、百日紅。なかなか珍しい経験になっただろう?」と誰もいない空間に向かって話しかけている。「隊長さん、ぼくも出ます」目つきが急に険しくなった。なるほど、我が部隊に随行していながら緊張感のかけらもなかったのは、この青年がプロだからなのだろうと私は理解した。自分のテンションを必要に応じて調整できるのは、一流の証である。「では、頼むよ、木国谷くん」会話の内容から、どうやら彼はゾンビーを元の人間に戻す手段を持っているらしい。星霊たちが実在するのだから、人間の中にも特殊な能力を持つ者がいてもおかしくはないのだろう。青年が言った。「あのう、隊長さん、言いにくいのですけど……ぼくにもやっぱりアセンブル・スーツを貸していただけませんか? 山登り、きつそうなんで」もじもじとする彼に、私は思わず腰がくだけた。……それから十数分後。無線のスピーカは彼の悲鳴を流し続けていた。「うっっひゃぁああぁぁ。この、スーツ、スピード出過ぎ、出過ぎ、死ぬ、死ぬ」「痛ぁぁーーーー、枝に殴られたぁ、たんこぶできたー」「うひょっ、なんだアレ、崖崩れてるじゃん、何、ジャンプ? ジャンプ? どのボタン? これ? いいいっぎゃぁぁぁぁぁ、飛びすぎ、怖い怖い怖いーーー。落ちる死ぬ、落ちて死ぬぅぅぅ。んんんんん…………っ、着地で脚しびれたぁーーーー」あとで聞いたのだが、彼は常時無線がオンになっていることを忘れていたらしい。任務の性質上、すべての会話は録音されていて消去できないのだと伝えると、真っ赤になって慌てていた。しかし彼のその後の活躍は見事なものだった。単分子ネットも、電磁結界も持たないというのに、カプノス五体すべてを一分とかからずに住人たちの体から引きはがし、もとの黒煙に戻してしまった。私は部下の一部隊に、カプノスが分離した住人たちを保護させ、残りの部隊にはカプノス捕獲を命じた。質の悪い星霊を捕獲しようと部下達が動き始めたその瞬間、最悪の事態が起こった。三原山の噴火が起こり始めたのだ。もうもうと立ち上る黒煙があたりを埋め尽くしはじめ、カプノスを見つけることが極めて困難になってしまった。いつ噴火が起こるかわからない状況であるため、カプノス捕獲は断念するほかなかった。我が部隊はあの青年を含む部下たちと住人を回収すると、本部へと撤収した。あの木国谷という青年とは、本部で別れたきり、その後は会っていない。だが、星霊たちがこの世に跋扈し続ける限り、きっとまた会う機会もあるだろうと思う。そうだな、そのときには最近元気がない息子の恋愛相談相手になってもらえるように頼んでみようか、彼の独特のキャラクターはどこか人をほっとさせるものがある。ただ、ひとつどうしても気になることがあった。本部の秘密主義者たちに聞いてもどうせ回答はないだろうとわかっているが、あの青年は一体あのとき何をしたのだろう。私は一人、極秘資料に分類されたあの作戦の録音テープをすべて聴いてみた。テープには、あの青年の声と、そしてあの場にはいなかった筈の者のこんな会話が残されているのみで、結局は真相は想像するしかないのだった。……「やっとやる気になったんだね、百日紅」「要するに、電解質に憑いた精神体という意味ではカプノスとかいう奴らも、我らも、人間だって、大した違いはない。少々危険だが、ひとつの器に限界以上のモノは入らない道理、あれを試してみるか」「強い霊、つまり百日紅が相手に憑依することで、対象となる悪霊を強制排撃、だね。理屈の上では可能でも、生きている人にはちょっとためらわれるもんね。これはぼくらにもちょっとしたチャンスだね」「暢気なことを。お前が逆に憑かれたりしたら、あの物騒な軍隊に殺されるのだぞ」「まあまあ、危険はいつものことで」「それに、危険なだけではない。気になることもあるのだがな」「ああ、ゾンビ・パウダーね。カプノスから間違いなく精製できるだろうね。あれが学者先生たちの手に渡ることになるのだけは厄介だね。そこはうまくやってほしいな、地霊たちに頼んでおくれよ」「かなりの借りができるが……仕方ないか」「決まり。じゃ、行くよ、百日紅」この会話の意味は、考えても断片的にしかわからない。この世には神秘がたくさん隠されているのだろう。私の仕事は、その神秘に体ごとぶつかっていくことだけなのだ。

-了-

(三語一行:お題「はら、がく、ろい」)
※一改行にする意味があるのかと言われても反論できません~(^^; 三語一行即興文は、チャット中にリアルタイムで書くのですけれど、一時間もかかってしまいました。お待たせした方々、すみません。
※お話としては、『バンニップ』『カヅチ』『サラマンダー』(三語一行)の続きで、また『百日紅の写真にまつわるぼくの話』(三語即興文)の続きでもあります。彼の名前は木国谷(きくにや)というのが、わかりました(^^;

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Posted by: おづね・れお | 2004.07.14 at 02:41 AM

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