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2004.06.16

『百日紅の写真にまつわるぼくの話』(六枚)

 あの日に世界を騒がせた謎の事件のきっかけが、平凡な一青年でしかないぼくだったと知ったら、君は驚くだろうか。
 正月気分が抜けきらない日曜日、ぼくは成人式の写真を撮ってもらうための予約をするために、町で一番古い写真館に足を運んだ。父母は「二十歳にもなったら自分のことは自分でするべきだ」と言って予約の電話もしてくれなかったので、自分で電話を入れた。
 午後一時にという約束よりだいぶ早いうちに、写真館に着いた。
 あの出会いを、なんと表現したらいいだろうか。ぼくは一目で好きになってしまったのだ。
 誰にって? いや人じゃない。一枚の写真にだ。それは明治十三年と書かれた古いモノクロームの写真で、大きさは一般的な雑誌より二回り大きいくらい、貴族か皇族か、高貴な人たちの一家が煉瓦造りの給水塔を背景にしているところだった。
 三列の手前に小さな子どもたちが男の子、女の子と五・六人、中央には老人達が同じくらい、老人達の両脇と一番奥にはぼくくらいの青年期から壮年期までの男女が十人くらいだろうか。みな高級そうな礼服に身を包み、笑顔は柔和だ。でもきっとこの中でもっとも幼い子どもさえも、今はこの世にいないのだろう。
 給水塔の脇には見事な枝振りの樹が、枝を両腕のように上方に広げており、天蓋のように人々の頭上を覆っていた。色はわからないが、きっと深紅であろうとぼくには感じられる花がたくさん咲き誇り、人々の笑顔に彩りを添えているように思われた。モノクロームだからこそ、どんなにきれいだろう、華やかだろうと見る者想像をかき立てずにはおかない。美とは美そのものをくまなく見せることよりも、適度に隠した状態でこそ、ぼくたちの心に新鮮に再生されるものなのかもしれないね。
 けれども、ただ美しい写真というだけではない何かが、その写真にはあった。
 なんだろうとぼくが考えていると、写真が口を利いたのだ。
「やあ、こんにちは。どうやら波長の合う方に巡り会えたようだ」
 優れた芸術作品を称して、魂が宿ったようだ、なんて言うけれども、この写真は比喩ではなく命を持っているらしい。
「うむ、やはり驚かないようだ。ワタシを写真に「撮り込んだ」写真家と同じだな」
「撮り込む? あなたはどういう方なんです?」
「名乗るほどの者ではないが、霊気のようなものだと思ってほしい。空気中の電解質を媒介にした精神体だよ。この体が災いして、波長の合う人間には吸い寄せられてしまうことがまれにある。人間の体も電解質で、人間は電解質を媒介にした精神体だからな。ワタシと違うのは人間のほうが密度が圧倒的に高いということだ。おかげで無理矢理に憑かされてしまったり、融合させられたり、まあ、ろくなことがない」
 彼は見事な百日紅の花に見とれて漂っている間に、写真に撮り込まれてしまったそうだ。なんとも、間の抜けた話で、おかしいやつだ。
「幽霊、みたいなものなんでしょうか」
「そう思ってくれてもいい。どうだね、ひとつ、写真に撮り込まれたワタシを、人助けだと思って外に出してはくれまいか」
 ぼくは義侠心に駆られて、というのは理由の半分で、この霊体がどんなヤツで、協力するとどうなるんだろうという好奇心があったことを否定はしないけれど、とにかく手伝ってやることにしたんだ。懐中電灯の光がいいというので、写真館の店主に借り、光を当ててやった。ぼくの体に憑くとお互いに危険だというので、彼が所望した食塩水ではなかったけれど、自販機の清涼飲料水のペットボトルに彼を憑かせてやった。電話なら電位的に外に出やすい経路だというので携帯電話を示したらそれは無線じゃないか、有線の電話をと不条理な叱られ方をしたので、写真館の黒電話を使わせてやることにした。店主はさぞ変な客が来たと思っただろうな。
 彼が黒電話の受話器に吸い込まれたのが、薄い霧のように見えた。彼が消えたあとが問題だった。
 世界中の電話が同時にリンリン鳴り出し、きっかり一分間止まなかった。その後数分して、全世界のネット端末に「解放おめでとう」の表示が出て、ウィルス騒ぎになった。数分でネットの仕組みを理解するとは、なかなかの知恵者なんだとぼくは感心するくらいしかできなかった。
 ぼくの成人式の写真は、滞りなく出来上がり、だからこそこうして一人前の御祓師として君のところに仕事に来たわけなんだけれどね。うーん、どうも君に憑いている霊は、手強いらしい。ちょっと専門家に聞いてみよう、ちょっと電話かけるから待っていて。
 ああ、百日紅かい。ちょっとこっちに出てきてくれないか、仕事だよ。なんだよ、ぶつぶつ言うなよ、そもそも君が外に出られたのはぼくが……なんだって、耳にタコだって、耳なんかないだろ。そうそう、うん、いい友人を持ってぼくはラッキィさ。
 ほら、出てきた。この白い霧が、あのときの、ね。

-了-

※三語即興文未投稿作品(お題は「百日紅(さるすべり)、懐中電灯、黒電話」追加ルールは「舞台は写真館」)
※長すぎました(涙)

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Comments

セタンタさん、感想ありがとうございます。今回は字数が規定の最大量の倍近くにもなってしまったこともあり、推敲をほとんどしていない状態でした(^^; 鋭いなあ。
前半と後半の設定も少し整理しきれていないところがあり、改稿したいところです。
ご指摘ありがとうございました~。
今後もよろしくお願いします。

Posted by: おづね・れお | 2004.06.17 at 02:19 PM

こんにちは、おづねさん。
素敵なサイトですね。淡い色を基調にされて、ほのぼの画像があって、おづねさんらしいです。(…って、毎晩チャットしているのに、改めてご挨拶すると照れますね~)
『百日紅の写真にまつわるぼくの話』、早速拝読しました。
少し、表現上の事を細かく入れた感想を寄せさせていただきます。

>ぼくは成人式の写真を撮ってもらうための予約をするために
 「ため」がくどいです。
 この日、ぼくは予約をとるために写真館に行ったのか、撮影をするために行ったのか、どちらでしょう?
 予約だけであれば電話で済む筈。貸衣装を借りるつもりであるならば、その説明の言葉を入れた方がいいのでは、と思いました。

>高級そうな礼服に身を包み、笑顔は柔和だ。
 百日紅が咲くのは夏の間。礼服という言葉には冬服のイメージがあるのは私だけでしょうか?(フロックコート、紋付袴、など)
 この時代の上流階級の人々であれば、夏服の礼服(麻のスーツ、呂の着物など)、涼しげな様子を入れた方がよいのでは、と思いました。(季節感を一致させるために)
 
>給水塔の脇には見事な枝振りの樹が、枝を両腕のように上方に広げており、天蓋のように人々の頭上を覆っていた。
 「枝」が重なっています。
>きっと深紅であろうとぼくには感じられる花がたくさん咲き誇り、人々の笑顔に彩りを添えているように思われた。
 「あろう」「られる」「ように」、もう少し整理して、すっきりとした文になるのでは?

>「うむ、やはり驚かないようだ。
 ぼくは少々の事では驚かないキャラであったとしても、何かリアクションがあった方がいいのでは?

>全世界のネット端末に「解放おめでとう」の表示が出て
 百日紅がハッカー(?)したのであれば、「おめでとう」の言葉はおかしいのでは? 誰かが百日紅に向けた祝辞であるならば、誰なのか明らかにしないと、と思いました。


>正月気分が抜けきらない日曜日、
>ぼくの成人式の写真は、滞りなく出来上がり、
 この2行の下には1行ずつあけた方がいいと思いました。

他の方の作品の文章や言葉に対する細かな指摘をするのは、あまり好きではないです。
(その方の持っている言語感覚や表現の良さを潰してしまうような気がするので。また、私自身、自分の表現に絶対的な自信がある訳ではないし、結局は好みになっていくのかな、と思うので)

おづねさん、今回は推敲にあまり時間をかけてないのでは、と思います。上で指摘した事は、普段のおづねさんの作品であれば感じないような箇所でした。

作品全体の雰囲気は面白いと思いました。
写真の中に取り込まれた百日紅という名の霊(?)、楽しい発想だと思うし、主人公の淡々とした好青年ぶりがいいですね。

せっかく書かれたのに、勿体無いですね。
字数の壁は私にも厚いです。私の作品は、途中で字数オーバーになる事がわかったので、プロットを変更しました。描写もしなかったし。それでも、伝えたい事は入れられたと思っています。

おづねさんの百日紅、風杜さんに読んでみていただいては如何でしょうか?
きちんとした感想を書いていただけると思います。一人の(私の)感想だけじゃなく、いろいろな方の感想をいただいた方がいいと思うので。同一プロットの感想は読んでいて勉強になりました。感じ方が、本当に皆さん違うんですよね。
では。

Posted by: セタンタ | 2004.06.17 at 01:57 PM

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