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2004.04.19

『金魚』(四枚)

 
「なあなあ、なんで赤いのに金魚っていうん?」
 聞きたがり屋の聡子が、真新しいピンクの浴衣の胸の前でうちわをぱたぱたやりながら聞いてきた。肩にかかっていた黒い髪がふわっと浮いて、汗の玉を二・三浮かべた頬をなでていく。こいつの肌ってけっこう白いんだな、と俺はちょっと不謹慎なことを考えてしまう。
 って、うわ、お前、胸元がはだけかけてるじゃないかよ。中学生にもなってそんな無防備なことしたら駄目だろ。
「知らねーよ。それよりちゃんと前、直せ」
「ねーねー、金魚には黒いのもいるじゃない。金色なのはいないの、なんでかなあ」
 金魚すくいの夜店のおっちゃんがこっちを迷惑そうに見ているのが視界の端に止まった。しょうがないので俺は聡子の手を引っ張ってその場を抜け出した。
「祥太は勉強できるから何でも知ってるでしょ」
 夜店は神社の裏手の空き地に立ち並んでいたので、俺たちは人気の少ない境内に移動していた。境内には、納涼祭のぼんぼりも、夜店のような派手な紅白じゃなく、もとは真っ白だったらしい黄ばんだ紙の張ってあるのが四つ五つといったところ。ちょっと離れると人の顔もよくわからないくらいの頼りない灯りだ。
 そのうす暗さに俺の緊張はちょっと高まっていた。
「俺なんてまだまだ、何にも知らないよ」
「ふうーん。たくさん本を読んでるから、なんでも知ってるのかと思ってた」
 聡子は狛犬の台座によいしょと寄りかかって、またうちわをぱたぱたやり始めた。ときどき俺のほうにも風を送ってよこしたりして。
「お前さあ、胸がはだけるからやめろって」
「祥太は何でも知ってるって思ってたな。――私の気持ちとか」
 東の空に満月が昇りはじめていた。木立の上から差してきた月光が聡子の肌を青白く燃えさせた。俺はこのとき雰囲気に呑まれていたのかもしれない。つい言ってしまってから少し慌てた。
「知ってるよ」と。
 ぱたぱたと聡子が送り込んできている風がさっきから俺の浴衣の首筋にかかっている。そのせいで俺の胸元もはだけ気味になっている。聡子は自分自身の浴衣の乱れを直そうともしていない。もしかして、さっきからわざとやってないだろうか。
 聡子の視線が俺の胸のあたりに凝らされているのをどうしても意識してしまう。俺は無言で聡子に近づいた。聡子も何も言わず、そしてずっと俺の胸のあたりを見ている。
 少しずつ、はだけかけた胸から聡子の視線が這いのぼってきた。俺の鎖骨に月光のしずくが青くたまっていて、そこをしばらく見つめているのだった。 
「なんだ、よかった」
 やっと俺の目を見て、聡子はそう言った。
 俺たちの聖なる儀式は、月光の洗礼を浴びて――。

 * * *

 数日後。 
「おい聡子、金魚には金色のもいるらしいぜ」
「え、どうしてどうして、赤いのばっか売ってるのはどうして?」
「知らないけど、赤い方が綺麗なんだろ」
「赤いのに金魚って言うのはどうして?」
「金魚って名前のほうが綺麗なんだろ」
「えっ、でも金魚なのに赤いなんて……あー、なんかわかんなくなってきたー!」
 一緒に宿題をやりたいというので学校の図書室に寄ってみたけれど、今日もこんな話ばかりして勉強のほうは進まない。
 でもあの夜からこっち、聡子は急に表情や仕草が大人びてきたところもあって、俺は落ち着かない。クラスの男子がひそひそと聡子のほうを見て噂話しているのを見かけたことも何度かあるし。俺は自分がまだまだ子どもなんだろうな、と思う。
「俺はやっぱり何も知らないんだよなあ」
「え、何?」
「ううん、何でもねーよ。それより宿題もやれよなー」
 俺はそんな言葉を聡子に残して椅子から立ち上がり、図書室の窓から夕焼け空を見上げた。朱に染まった雲がふたつみっつ浮かんでいる。ちょうどそのうちのひとつがふさふさの尻尾をくっつけた金魚みたいに見えた。
 この頬の熱さは夕陽に照らされたせいだと、俺は自分に言い訳していた。

-了-


(三語即興文投稿作品:「黒」「赤」「金」 追加テーマは「ストーリー重視」で)

 ◇ ◇ ◇

珍しく、ブログにアップロードしてから三語即興の方に投稿しました。
というのは、後日談を加えると四枚になってしまうので、少し考えてみたかったのです。
はじめは後日談は書かないつもりでいたのですが、筆が進むにつれて書いてみたくなり、書きました。もともとの形はお祭りの夜のシーンだけですから、後日談があったほうがいいのか、ないほうがいいのか……。
結局は、後日談を除いたものを投稿させていただきました。
両方読んだ方がもしいらしたら、どちらのほうがよかったでしょうか?
(どっちも悪いよ、って言われないことを祈りたい~(^^;)

こういうシーンを書くのはとても恥ずかしいんだなあと、とても強い印象を持ちました。
でもなんとか書けるようになりたいです~(^^;>

 

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