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2004.04.18

 『風に導かれて 銀河に躍るガスパールを見にゆく』(七枚)

 
 二百十日を迎えるころになると、かりんの胸はざわざわするのでした。
「今年は、高田さん、来るんかなあ」と、おじいちゃんに聞くと、いつもように「来るか来ねえか、さあて、どっちだんべ」という答えが返ってくるだけで、はっきりとしたことは教えてもらえませんでした。高田さんというのはおじいさんの知り合いで、外国暮らしが長いのですが、毎年この時期には日本に帰ってくるのです。お母さんは見かけたことがありませんが、去年の秋、お父さんと息子の二人には会ったことがありました。かりんの家に二人が何日か泊まっていったのです。人口が一万人に満たない地方の小さな町で『注文の多い料理店・春レ家』をほそぼそ営むおじいちゃんと、外国と日本を忙しく往復する生活を送っているという高田さんとがどういういきさつで知り合ったのか、かりんは知りません。
 去年の小学三年生の今頃に、かりんは高田さんの息子とある体験をしました。それが夢だったのか、それとも現実だったのか、たしかめたかったのです。
 強い風が吹く日にやってきた高田さんとその息子とは、はじめの日はかりんは夕食の席で自己紹介をしたっきり口もきけませんでした。はずかしかったからです。でも次の日、たしかそれまで口もきかなかった高田さんの息子(長いので彼のことは「高田くん」と呼ぶことにしましょう)に、とつぜん誘われたのでした。
「今夜は新月だから、銀河鉄道の夜景を見にいかないかい」そんな風に言われてかりんは目をしろくろさせましたが、おじいさんが「連れて行ってもらえ」と口をはさんだので、あいまいにうなづきました。どこかで聞いたことがある銀河鉄道という言葉と、めったにない夜の外出になんとなく心配と期待が入り交じった感じがしました。
 夕食が終わった七時半ごろ、高田くんに手を引かれて、歩いて三十分くらいのところにある駅に行きました。駅までの道は舗装されていましたが、街頭はなく、懐中電灯の明かりに応える緑色のきらきらは、たぬきだの野犬だのの瞳の色なのでした。こちらをじっとうかがっているけものの気配が怖かったのでかりんは「高田くんは、こんな真っ暗な道が怖くないん?」と聞いてみましたが、「うん、そうだね」というどちらともつかない返事が返ってきただけで、それっきり黙って歩き続けるので、心細さはいっそう増すほどでした。かりんの手は不安で震えはじめてしまいました。その震えが高田くんに伝わったのか、高田くんは赤い髪をふわっとさせてかりんの顔をしばらく見つめたあと、話をしてくれました。
「新月の夜にはガスパール(悪魔)たちが喜んで飛び回るのだよ」。それから、高田くんは、悪魔が空でラッパを吹いたり歌を歌ったり、転がるようにじゃれあって遊んだりする様を話して聞かせてくれました。「ガスパールは人間に悪さをしないの?」と聞くと、「月の見ていないお祭りの夜に仕事をするような真面目なガスパールはいないさ」とけらけら笑いました。かりんは高田くんがこんな陽気なところがあるとは知らなかったので、今見ることができた意外な面がすっかり気に入ってしまいました。
 駅に着くと、二両の電車がありました。ひとつは東京へ向かう夜行、もうひとつは田舎の路線をのんびり走るおんぼろ車両です。こんな田舎の駅にぴかぴかの東京行きが止まっているなんて珍しいな、とかりんは思いましたが、まるで夢のようなお話を聞いたあとでしたので、不思議な気持ちなのにそれがとても自然なことにも思えるのでした。
「東京行きというのは、ちょうどいい。ガスパールは街の灯りで照らされた空のほうがよく見えるんだ」と言って高田くんは夜行列車のほうにかりんを連れて行きました。駅に着いたあとの高田くんは走るたびに髪ばかりか体もふわっふわっと浮き上がるようでした。「この列車は風に乗って走るからね。風の切符を買うのだよ」そう言われたので、かりんはポケットから小鳥の羽を一枚取り出しました。いつの間にこんなものを持っていたのか、自分でもわかりません。「なんだ、切符をもう持っていたのか。嘉助の孫はしっかり者だなあ」そう言うと、かりんの手をどんどん引っ張っていきました。「高田さんは切符を買わないの」とたずねると、「ぼくは定期券を持っているからね」と言って、黒革の定期入れを見せてくれました。かりんは定期券というとお父さんのものしか知りませんでしたが、高田くんのはちょっとおかしな物だと思いました。期限も路線の区間も書いてないかわりに、『雨にも負けず』という文字がかすれたインクで印刷されているだけなのです。夜の駅は無人でしたが、灯りはこうこうと白い世界をまあるく照らしだしています。改札をくぐるときには高田くんに「ちゃんと切符を見せて」と言われたので、蛾がぐるぐる飛び回っているだけでだあれもいない改札口にしっかりと羽を乗せたてのひらを差し出して通りました。
 ――かりんが覚えているのは、このあたりまででした。このあと列車が走り出し、かりんは高田くんと列車の窓から夜景と、そこに躍るたくさんのガスパールたちの姿をを見たはずなのですが、どうしても思い出せません。気がついたら自分の布団で朝を迎えていました。あのときのことが夢だったのか、ほんとうだったのか。おじいちゃんの車に乗って夜の駅にお父さんを迎えに行ったことはあれから何度もありますが、夜行列車は見たことがありません。
 「今年は、高田さん、来るんかなあ。銀河鉄道にまた乗りたいなあ」と、かりんがおじいちゃんに言うと、今度は答えが返ってきました。「おじいちゃんが銀河鉄道に先に乗るのだから、かりんはあとからゆっくりおいで」と。
 ずっと前のあのときのことを、二百十日の風が吹く頃になると思い出すのです。

-了-


今回はとても長くなってしまいました。投稿できず。
とても好きなモチーフだったので、投稿したかったなあ……。
最近こんなのばかりですね、あははは……(涙)。
自分の考えたものが作品になるとどのくらいの分量になるのか、まだつかむことができないようです。未熟だなあ~。いつかこれらの作品が何かの形で生かせるときが来るといいのですけれど。
今回はいつもにも増してお題をクリアしつつ短く収めるのはかなりたいへんな気がするのですが、ほかの方がどのように書かれるのか、興味津々です。

(未投稿 三語即興文作品:「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」「雨にも負けず」 追加ルール「一行詩のようなタイトルをつけてください」 )

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Comments

柿美さん、感想ありがとうございます~。
うれしいなあ~。

私の技量では賢治作品に遠く及ばないのがお恥ずかしいのですけれど(^^;> せっかくお題が三つともに賢治作品だったので、三語という枠内でほんのちょっぴり、賢治世界に触れてみたかった。そんな作品です。

ガスパール・無人駅・けものの目はおづねの創作なのですけれども、これらが気に入っていただけたとわかってうれしく思います。私自身、ちょっぴりでも、書きたい世界の感じが出せたかなあと思っているところなので。

立春から数えて二百十日目には、強い風が吹くのだそうです。お題にはなかったのですが、『風の又三郎』という作品をとても好きなので、強く意識して書かせていただきました。銀河鉄道は死の旅路でもあるので、「いつか必ずそのときには、銀河鉄道に乗れるのだ」という意味でおじいさんの台詞を書いたつもりです。
たぶんそのあたりの説明や背景を書いていないので、とてもわかりにくくなってしまいましたね。不親切でごめんなさい。
(感想いただけて舞い上がってしまい、長文を書いてしまいました、すみません~)

Posted by: おづね・れお | 2004.05.12 at 03:22 AM

こんな時間にこんばんは^^
この作品、いいですねー。夜空でラッパを吹くガスパールと無人駅の描写、後なぜか夜道に光るけもの達の目の描写がツボにきました。
結末を求めるのはナンですが、最後のおじいさんの台詞が気になります。死を暗示させるものがありますが。
それと210日も何か意味があるのだろうか、と。
それでは。

Posted by: 柿美 | 2004.05.12 at 02:50 AM

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