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2004.04.13

『天使の像』(四枚)

「ぼくはこの天使の像が気に入っているんだ」
 どうして博物館に来てずっと一カ所に座り込んでいるのかと聞いた私に、彼はこう答えた。
 新婚旅行でイタリアに来て、せっかくだからルネサンスの美術をこの目で見たいと彼を誘ったのは私だった。彼は美術に興味がないと思っていたから、少し意外に思った。
 彼の両目が恋人の私の方にちらっと動きもせず見つめているのは、何者かに破壊され、首から上がもぎとられた天使の像。等身大の女性をかたどったそれは、二メートルほどの円錐台の上に乗っている。むごたらしいことに、折れた自らの首を、両腕に抱えた花束の上に置いている。
 黒のパンツにグレーのシャツ、どちらかというと長身の彼が像からほんの少し離れた円椅子で片膝を抱えて背を丸めている。こちらも石像のように見える。
「はい、ソーダー水。ここの売店は気の利いたものはぜんぜんないのね」
 私が館内をほぼ一周してきてもまだ座り込んで視線を動かさない彼に飲み物を渡すと、そのときだけ彼の方は石像から生きた人間に戻った。
「ありがとう」
「ルネッサンス期をだいぶ下って作られた像よね。あまりおもしろい造形ではないし、第一こんな形にされて」
「人為的にね」
「そう、人為的に。悪趣味だわ」
「天使はどうして人の形をしているんだろう。天の使いは鳥でも獣でも植物でもいいはずだよね。無機物だっていい。そういう神話だっていくらでもある」
「人の形をしているほうが私たちのイメージに近いのかしら」
「ぼくもそう思う。人の形が表すものは、鳥にも獣にも植物にもないものなんじゃないかな」
「それは、なあに?」
 私は何百年も黙視続けている石像の言葉を聞くかのように、彼の言葉を聞いた。
「人は天から祝福されたいのじゃなく、人から祝福されたいってことかな」
 ちょっと私にはわからない話になってきた。
「この天使にこんな形を与えた人が表したものって何だろう」
「わかるの?」
 私が問い返すと、彼の視線はゆっくりとまた天使の像を仰いだ。
「わからない。だから会話を試みている。……あ、そうだ。ぼくのことはいいから、博物館を一通り見てきたら? 君の見たいものがけっこう展示されているんじゃなかった?」
「天野くん」
 職場では彼は私の部下だ。そのちょっとかしこまった口調で呼んだ。
「え、なんですか」
「もう見て来ちゃったわよ」
「もう? 何を?」
「博物館の展示物は全部見ちゃったの」
「あああ、それはもう、なんだ、ごめんなさい」
 慌てているところは、新米時代と変わらないなあと思う。けっこう長い間、私の中では彼はこんなおとぼけキャラクターだった。深い海のようにたたえた思考に初めて触れたのはいつだったのか……。そのときから私は彼のことを異性として意識してしまったんだった。
 急に私は彼をいとおしく思えてしまって、文句を言うつもりもどこかへ消えてしまった。
「あーあ、もう、ずっとこうやって旅行していられたらよかったのになあ。君とこうして世界中を回ってみたかった!」
 彼の前の前にしゃがんで、彼の頭を右手で胸に抱き寄せる。
 そうしながら、私は心に決めていた。子どもを産んで、育てて、年を取ったらまたここに立ち寄ろう。世界一周をする途中で必ず、この天使の像の前でこの話の続きをしよう。きっと私もあなたの言葉をわかるようになっているから。


-了-


 ◇ ◇ ◇

三語即興に書こうと思いましたが、短くしようと思ったらまとまりませんでした。もっと説明したり、会話を増やしたりしたいところなんですが……。また、以前書いたものと似てしまったのも反省点です。
投稿せずに、ここにひっそりと保管することにします(^^;
天使の像に表されたものを会話の流れの中で書いてみたかったのですが……。


(三語即興文 お題は「風」「ソーダー水」「破壊」 追加ルール:天使グッズ(天使の像、絵、何でもいいです)を書き入れてください)

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