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2004.04.10

『アリョーシャとマリーナ』(三枚)


 オホーツクの海はきっと日本までつながっていて、茜の空は妹のもとまで続いているのだろう。
 俺と愛犬は海辺に立ち、もう何時間も手の届かない国の方を見つめていた。
「兄さんの星だよ。だって兄さんの髪は、火の色をしているから」
 そう言って妹が俺にくれたのは夕暮れ時の火の惑星。
 もうじき落ちる太陽を追うように火星は今日も南西の空に輝きはじめている。
 妹の父親と、俺の母親は再婚同士で、五年前に結婚して五年間だけ夫婦だった。しょっちゅう停電する上にその電気代も払えない貧乏家から突然シャンデリアのさがったホールつきの邸宅に住まいが変わった。もとのオンボロに戻るまでの生活は快適で何不自由ない別の世界のようだった。資本主義の国から来た大金持ちの父親にはなじめなかったけれど、妹は愛した。楽な生活に戻りたいとは思わない。けれど、ただ妹がいないことが寂しい。
 たくましい樺太犬のイーゴリもよく彼女になつき、俺たちは一緒に暖炉の前にねそべって絵本を眺めたり、二人と一匹で石炭運びをしたりした。「アリョーシャとマリーナは本当の兄妹みたいだなあ」と言われたことは何度あったか数え切れない。
 俺の手に握られているのは、去年俺が十六になったとき妹がくれた日本の写真。俺と出会うほんの少し前に日本で撮った七歳のお祝いの写真だった。どうしてこんなものをくれるのかと聞いた俺に、妹はこう言った。
「きっとお父さんはお母さんと兄さんと別れて日本に帰るつもりなの。だから私のいちばんの写真を兄さんにあげる。万里南はずっと兄さんの妹だから……」
 俺はそのときどう言っていいかわからなくて、莫迦だなあ、心配しなくていい、俺たちは離ればなれになったりしない、なんて言ってしまった。妹は目に涙をためていたと思う。莫迦なのは俺だった。
 夕凪の海は遠い島影をおぼろに映していた。うろこ雲の隙間から俺の星が一つ目で地上を見て、光をこぼしていた。
「イーゴリ、もう行こうか。明日は早い」
 明日、貧困から抜け出したい一心の男たちを乗せた船が南の地に向けて出発する。ひっそりと、まだ太陽が昇るまで何時間もあるうちに。
 夜明け前の闇を渡る船に、俺も乗る。


-了-


海外物というルールで書いてみました。
『メープルの小道とサリンジャーの思い出』に続いて海外物二つ目です。
ちょっと近い感じの傾向……?
蛇足ながら解説をしますと、ロシアのサハリン州に住む十七歳の少年の話です。日本に密入国して出稼ぎする男たちに混じって船に乗る前日、ほかの男たちにはない彼だけの思い出と心に描く未来を見つめています。
少年アリョーシャの心情が出ているでしょうか(^^;

(『三語即興文』投稿作品)
(お題は「凪・惑星・うろこ雲」追加ルール「海外が舞台」)

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