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2004.03.21

『桜とサナダムシと小宇宙』

「桜の声が聞こえるかい?」
 美術の曽根先生は、ふらふらした足取りで土手を下ってきた。つくしを踏みつけないように気をつけているのだそうだ。ほかの草は踏んでもいいんだろうか。
「声は聞こえても、写生できませんよ、先生」
 この先生には、私も軽口をたたくことができる。先生は眼鏡の奥をしぱしぱさせて、ぼさぼさの頭をかいた。
「あー、声ってのはなあ……。小宇宙にはむずかしいかもしれんが」
 小宇宙というのは私の名前だ。コスモと読む。平凡な苗字に釣り合わず目立つ名前なので、知り合った人は必ず私をこの名前で呼ぶようになる。
「桜は、そうそう、お前の名前と同じ『小宇宙』の中でなあ、桜は自分の声を聞いているもんだ」
「お話、ぜんぜんわかりませんけど……」
 冷たいふうを装いつつ、私はこの先生の話を聞くのが好き。声を聞くのも好きだった。
「いいか、地球という小宇宙の中で俺たち人間が自分たちなりにベストを尽くしているように、だ。桜だって同じ小宇宙の中でベストを尽くして生きている。あの姿こそ、桜にとって必然だ。つまり桜の声だな」
「あー、なんかわかってきたかもしれません、先生」
 もうちょっと話してくれないかな。
「ヒトの体の中に寄生するサナダムシも、あいつらの小宇宙では必然の姿を生きているんだぞ。小宇宙(コスモ)、サナダムシの声が聞こえるか?」
「すいません、私はサナダムシなんか飼っていません。先生と違って」
「おお、すまんすまん。ところで小宇宙、そこに落ちているイヌの落とし物を拾って食わないようになー。サナダムシの声が聞こえちまうぞー」
 先生が私のお尻のすぐわきを人差し指で示した。そこにはかなり大きなイヌか何かの……置き土産!?
 春ののどかな川べりに、私の小さな悲鳴はヒバリの声に紛れて誰にも聞こえなかったかもしれない。
 でも急に立ち上がって転びそうになった私を抱えてくれた腕はとても力強くて――


(註)サナダムシはイヌを経由してヒトに寄生することはありません。
(『作家でごはん!』鍛錬場 三語即興文 投稿作品)

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