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2004.02.10

『二杯目のコーヒー』(四枚)

 母はいつもレギュラーコーヒーは二杯目のでいいと言う。
 使用済みの豆と紙フィルタでいい、一杯だけで捨てるのはもったいないと言う。
 私は薄いくらいが好きなんだからと。
 二十五歳で嫁入りもまだの私には、その感覚がわからない。新しい豆でいちばんおいしいコーヒーをいただくほうがいいに決まっていると思うんだけどな。そんなことを思いつつ、私は一度に一杯しか淹れられない古い安物の漏斗に紙フィルタをセットして、まず自分のカップに、それから母のカップにコーヒーを淹れる。二人のちょっとした安息の時間。そんな毎日。

 電話が鳴った。
 母はパート、私は派遣事務の仕事からそれぞれ早めに解放された晩、台所に立つ私がいつものように自分のために一杯目、そして母に二杯目のコーヒーを淹れようとしたときだった。
 父方の叔母からだった。
 父が、死んだという。
 母が父と離婚してはや六年経っていた。その間一度も連絡を取ったことはなかった。
 放蕩者の父が死んだと聞いて、私にはショックはない。叔母も実弟とはいえ、こんな結末をうすうす予想していたのだろうか、淡々とした口調で用件を伝えてくる。
「お父さんが、死んだって……」
 居間に向かって言うと、母はちゃぶ台の前で少し腰を上げてテレビのリモコンに手を伸ばしていたところだった。
「そう」
 言ったきり、こちらを振り向かないまま、母は腰を下ろし、両手を膝に載せて座った。
 叔母に大変ご苦労様ですと伝え、電話を切った。
 ふと気づくと、コーヒーはまだ一杯目を淹れたところだった。
 私は叔母と同じ口調で、
「コーヒー、まだ飲むよね」
 そう言って、いつもように使用済みの豆にお湯を注ごうとする。
 母の声が聞こえた。
「やっぱり、新しい豆で淹れてもらおうかしら」
 テレビのスイッチが入ったようで、雑音が母のいる狭い四畳半から漏れてきた。
 聞き慣れた芸能人の声なのに、何をしゃべっているのかまるで意味がわからなかった。

「はい、コーヒー。どっちも一杯目」
 テレビのちょっと上の空間を見つめていた母の目が、こちらに向いた。
 ひと口すするなり、言う。
「ああ、おいしい」
 ため息とともに、目尻のしわがきゅっと縮まった。
「でしょう」
 テレビはちょうどCMだった。
 夫婦と子ども二人が新しいリビングでおおはしゃぎしているいる、住宅のCMだ。
「結婚してあんたが生まれる前には、よくこんな贅沢をしていたっけねえ」
 母が結婚生活のことを振り返るのはとてもめずらしい。
 父と自分に、一杯目のコーヒーを淹れて飲んだんだろうか。
「ふうん、そうなんだ」
 私はなるべく味わってコーヒーを飲んだ。

 立ち上がりかけながら、母に尋ねてみた。
「これからお父さんのところに行くけど……」
「お母さん、行く?」
 母はほほえみ、それからゆっくりと頭を振った。


(『作家でごはん!』投稿作品)

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Comments

るるがさん、はじめまして。おづねです。
ご紹介ありがとうございます。
ブログ拝見しました。楽しそうなブログですね。
今後もよろしくお願いします。

Posted by: おづね・れお | 2004.12.25 at 03:47 PM

初めまして、るるがと言います。
小説中心のブログを開いています。

甲斐ミサキさんとかぶってしまいましたが、わたしのブログでは「インターネットで読む小説」という事で、インターネット上で読める小説を紹介しています。この度、小説を何本かご紹介させて頂きました。
紹介文はわたしは読んだ上で考えた物なのですが、著者コメントを載せたい、他にも不具合などありましたら、言って下さい。

良ければ、見に来て下さいね。こちらのブログもちょこちょこチェックさせて頂きます。

Posted by: るるが | 2004.12.24 at 09:40 PM

志賀さん、URL掲載の件、了解しました。

Posted by: おづね・れお | 2004.05.18 at 01:20 PM

はじめまして、blog小説集をつくっている志賀と
申します。
今回、おづねさんのblog内より、ショートショート3編と
短編を3編、紹介させて頂きました。
記事URLは、
http://msf2004.exblog.jp/290736/

http://msf2004.exblog.jp/290689/
になります。
差し支えがあるようでしたら、即刻修正、または削除いたし
ますので、その際はお手数ですが、コメントなどでご連絡を
頂ければと思います。
また、著者コメント、作品解説などの文章も、ご要望があれば
なるべく掲載していこうと考えていますので、貴blog内で
上記に該当するような文章ソースをお持ちでしたら、場所を
教えて頂けると助かります。

よろしくお願いいたします。

Posted by: 志賀雄太 | 2004.05.18 at 03:37 AM

ご了解有難うございます。
早速登録させていただきました。
小説のテーマに『食べ物』って良いですね。
甲斐自身、美味しい描写が一つのテーマだったりするので、拝読していて刺激になりました。

Posted by: 甲斐ミサキ | 2004.02.10 at 10:00 PM

甲斐さん、はじめまして、おづねです。
リンクの件、了解です。

Posted by: おづね・れお | 2004.02.10 at 06:53 PM

はじめまして。
《ココログで読める小説群》として自サイトで小説を紹介している甲斐と申します。
新たな小説サイトとして、こちらのサイトを紹介と共にリンクを張らせて頂きたいのですが構いませんでしょうか?
とりあえずは挨拶とお伺いまでに

Posted by: 甲斐ミサキ | 2004.02.10 at 05:01 PM

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